数十人が負傷 数百人が拘束 イランのデモ衝突3日目 現地で何が起きているのか?

© AP Photoイランのデモ衝突3日目
イランのデモ衝突3日目 - Sputnik 日本, 1920, 22.09.2022
イランでは先日、マフサ・アミニさん(22)が頭部を覆うヒジャブ(スカーフ)を「適切に着用していなかった」という理由で風紀犯罪を取り締まる現地の警察官に逮捕され、拘束時に亡くなるという事件が発生した。この事件を受け、イラン全土では抗議運動が広がっている。イランの国民は、マフサさんの死は警察に責任があると非難している。この抗議活動で、これまでに10人が亡くなった。
ここ数日、治安機関との衝突で、少なくとも10人が死亡し、数十人が負傷した他、数百人が当局に拘束された。同国南西部のシーラーズ市と北東部のマシュハド市では警官が襲われ、警官1人とイスラム革命防衛隊「バスィージ」のメンバー2人が殺害された。

主な出来事

首都テヘランを含む少なくとも20の都市で抗議デモが発生した。
イランのファールス通信社によると、当局は21日の夕方から、インスタグラムやワッツアップなど一部のSNSへのアクセスを制限している。
検察官によると、21日夜、西部ケルマーンシャー州の路上で抗議行動や暴動が発生し、暴徒化したデモ隊が警察と衝突し、2人が死亡、25人が負傷した。
同国保健省の報道官によると、抗議デモの参加者は救急車61台に放火した。
北西部カズヴィーン州の治安機関は、正体不明の武装集団が21日の夜、イスラム革命防衛隊「バスィージ」のメンバーであるアッバス・ハーレギー氏を射殺したと発表した。
イラン北西部のタブリーズでは、暴徒化したデモ隊から現地のモスクを守るために警備していた「バスィージ」のメンバー、ホセイン・オジャギ氏が刃物で刺されて亡くなった。
イラン北東部のマシュハドでは、警察官のモハマド・ラスル・ドスト・モハマディ氏が、シーア派の主要な霊廟一つであるイマーム・レザ霊廟を放火しようとした暴徒から守ろうとした際に刃物で殺された。また、「バスィージ」のメンバーも負傷し、暴徒が市民1人を殺害した。

イラン革命

イランでは1978年から79年にかけて、イスラム教勢力がモハンマド・レザー・シャー皇帝による親欧米専制に対して革命を起こした。この革命はイランの知識人や、フランスの著名な哲学者ミシェル・フーコーをはじめとするヨーロッパの一流の知識人たちによって支持された。そして1979年1月、政治犯として国を追われていたイスラム教指導者ホメイニ師がイランに帰国。イラン国内外の優れた頭脳は、ホメイニ氏によって王政は否定され、国家が変革されることを求めていた。しかし、よくあることだが、善意はとんでもない失望に変わり、知識人の希望を打ち砕き、抑圧的な国家体制に移行した。イランは世俗的な国家からイスラム共和国になり、女性は薄い生地の大胆なドレスやミニスカート姿から頭をヒシャブで覆い、全身をチャドールという黒い布で隠すようになった。
イランでは1979年の革命以来、女性は頭部の髪を隠すヒジャブの着用が義務付けられている。革命以前は、女性のヘアスタイルは様々で、ファッションも西側の当時の流行に沿ったものだった。
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