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【ルポ】東日本大震災の恩返しイベント、今年も孤児の子どもたちラーメンに舌鼓 日本から訪れた発案者、参加者の成長に喜び
【ルポ】東日本大震災の恩返しイベント、今年も孤児の子どもたちラーメンに舌鼓 日本から訪れた発案者、参加者の成長に喜び
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... 2023年3月16日, Sputnik 日本
2023-03-16T18:30+0900
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ヤルメンではこれまでも、コロナ禍の最中、寄付金を集めて医療従事者に温かい昼食を届けるプロジェクトなど、様々な社会活動を行なってきた。昨年の恩返しイベントでは日本研究者をゲストに招き、日本伝統のお菓子についてレクチャーを行った。去年はコロナ禍のためオンラインで参加した梅本さんだったが、今年の3月11日は仕事の合間を縫ってロシアを訪問し、3年ぶりに子どもたちと再会することができた。今年はひらがなの50音表を作るチーム対抗戦をしたり、漢字を組み合わせたジェスチャーゲームを通して、日本語に親しんだ。サンクトペテルブルク在住の日本人も駆けつけ、子どもたちと楽しく交流した。勉強の後は、ラーメンやカレーなどそれぞれが好きなものを注文し、日本料理を味わった。ヤルメンが開店した当初は、日本の食べ物と言えば寿司だけが有名だったが、近年ではラーメンの知名度は大幅に上がっており、たくさんのライバル店ができている。梅本さんは「競争の激しい飲食業界で、常連さんがついてくれ、モスクワからも食べに来てもらえるのは嬉しい」と話す。イベントの最後には梅本さんから日本のお菓子のお土産が贈られ、子どもたちは目を輝かせていた。長引くウクライナ危機に伴い、日露関係をめぐる状況が日増しに厳しくなっている。ロシアで慈善事業を行うことに、全ての日本人が賛同してくれるわけではない。「ロシアに行って大丈夫なの?」と心配する声もある。しかし梅本さんは、「今こそ続けなければならない」と、この伝統行事を何よりも大切にしている。「恩返しイベントは、僕としては、このために店を作ったと言っても過言ではありません。子どもたちが喜んでくれる顔を見るだけで、やって良かったなと思います。毎年来てもらってありがたいですし、子どもたちが毎年少しずつ大きくなって、日本のことに色々興味を持ったり、新しい子も参加してくれるのは、とても嬉しく思っています。日露友好、震災支援の恩返しというお店の理念がありますし、スタッフの一人一人が、きちんと日本風のサービスをして、日本のしっかりした味を出したいという気持ちを理解してくれているので、味もある程度安定して、お客さんもついてくれているのかなと思います。スタッフ向けの日本語講座も定期的に開催していて、熱心に勉強してくれています。日本と同様、物流の影響で仕入れ値は上がっていますが、できるだけ日本に近い値段で出したいと、企業努力しています」参加者は、サンクトペテルブルク郊外のプーシキンという町の施設「子ども村SOSプーシキン」からやって来た。子ども村SOSは、両親の庇護が十分に受けられていない家庭を支援し、社会的孤児を生まないよう活動している。親が亡くなったり、養育を拒否したり、刑務所に入っていたりと様々な事情で孤児となった子どもたちは、ここで複数人で集まって家族として暮らすのだ。最近では、金銭的に困窮した家族の支援や、子どもの一時保護にも力を入れている。子ども村では、それぞれの家庭に「お母さん」がいる。第一回のイベント時から付き添ってきたニーナ・ヴィクトロヴナさんは「ここの子どもたちは、お互いを助けながら、本当の兄弟姉妹のように仲良く暮らしています。子どもたちは毎年、また招待してもらえるかな?と私に聞くんです。いつも招待して頂けるのを楽しみに待っています」と話している。イベントは自由参加だが、初回から欠かさず参加し、今ではすっかり大きくなった子どもたち2人に話を聞いた。中学を卒業し、カレッジ(日本で言う高専に近い、技術者に必要な専門能力を身につける教育機関)で学ぶディアナさんは、スタイリストを目指している。「アジアのものに魅力を感じます。日本はとても美しい文化を持つ国で、気に入っています。少なくともあと2年は勉強しないといけないし、先のことはわからないけれど、日本に行ってみたいという夢があります」と話し、日本で見たいものは?との記者の問いかけに「パチンコ台です」と答えて日本人を驚かせた。パチンコは、様々な動画サイトなどで紹介されているため、ロシア人にとっては非常に日本的にうつるのかもしれない。辛いものが苦手というアレクサンドルさんは意外にもカレーを注文。「ここのカレーは辛いのと、辛くないのが選べて、美味しいです。今日は土曜で実は授業がありましたが、雰囲気が好きで、このイベントに来たかったんです。今は溶接技術者になるため、カレッジで勉強しています。この夏には子ども村から若者の家というところに移ります。そこで、大人としての生活の第一歩が始まります」と話してくれた。関連ニュース
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【ルポ】東日本大震災の恩返しイベント、今年も孤児の子どもたちラーメンに舌鼓 日本から訪れた発案者、参加者の成長に喜び
3月11日、ロシア・サンクトペテルブルクにある、ラーメンが人気の日本料理レストラン「ヤルメン」にて、孤児の子どもたちを招待して日本文化に触れながら食事を楽しむイベントが行われた。発案者はヤルメンのオーナーで、埼玉県在住・言語聴覚士の梅本和正さんだ。「東日本大震災直後、ロシアが日本にいち早く支援をしてくれたことに恩返ししたい」との気持ちからスタートしたイベントで、2016年から毎年行われ、今回で8回目となった。
ヤルメンではこれまでも、コロナ禍の最中、寄付金を集めて医療従事者に温かい昼食を届けるプロジェクトなど、様々な社会活動を行なってきた。昨年の恩返しイベントでは日本研究者をゲストに招き、日本伝統のお菓子についてレクチャーを行った。去年はコロナ禍のためオンラインで参加した梅本さんだったが、今年の3月11日は仕事の合間を縫ってロシアを訪問し、3年ぶりに子どもたちと再会することができた。
今年はひらがなの50音表を作るチーム対抗戦をしたり、漢字を組み合わせたジェスチャーゲームを通して、日本語に親しんだ。サンクトペテルブルク在住の日本人も駆けつけ、子どもたちと楽しく交流した。
勉強の後は、ラーメンやカレーなどそれぞれが好きなものを注文し、日本料理を味わった。
ヤルメンが開店した当初は、日本の食べ物と言えば寿司だけが有名だったが、近年ではラーメンの知名度は大幅に上がっており、たくさんのライバル店ができている。梅本さんは「競争の激しい飲食業界で、常連さんがついてくれ、モスクワからも食べに来てもらえるのは嬉しい」と話す。イベントの最後には梅本さんから日本のお菓子のお土産が贈られ、子どもたちは目を輝かせていた。
長引くウクライナ危機に伴い、日露関係をめぐる状況が日増しに厳しくなっている。ロシアで慈善事業を行うことに、全ての日本人が賛同してくれるわけではない。「ロシアに行って大丈夫なの?」と心配する声もある。しかし梅本さんは、「今こそ続けなければならない」と、この伝統行事を何よりも大切にしている。
「恩返しイベントは、僕としては、このために店を作ったと言っても過言ではありません。子どもたちが喜んでくれる顔を見るだけで、やって良かったなと思います。毎年来てもらってありがたいですし、子どもたちが毎年少しずつ大きくなって、日本のことに色々興味を持ったり、新しい子も参加してくれるのは、とても嬉しく思っています。
日露友好、震災支援の恩返しというお店の理念がありますし、スタッフの一人一人が、きちんと日本風のサービスをして、日本のしっかりした味を出したいという気持ちを理解してくれているので、味もある程度安定して、お客さんもついてくれているのかなと思います。スタッフ向けの日本語講座も定期的に開催していて、熱心に勉強してくれています。日本と同様、物流の影響で仕入れ値は上がっていますが、できるだけ日本に近い値段で出したいと、企業努力しています」
参加者は、サンクトペテルブルク郊外のプーシキンという町の施設「子ども村SOSプーシキン」からやって来た。子ども村SOSは、両親の庇護が十分に受けられていない家庭を支援し、社会的孤児を生まないよう活動している。親が亡くなったり、養育を拒否したり、刑務所に入っていたりと様々な事情で孤児となった子どもたちは、ここで複数人で集まって家族として暮らすのだ。最近では、金銭的に困窮した家族の支援や、子どもの一時保護にも力を入れている。
子ども村では、それぞれの家庭に「お母さん」がいる。第一回のイベント時から付き添ってきたニーナ・ヴィクトロヴナさんは「ここの子どもたちは、お互いを助けながら、本当の兄弟姉妹のように仲良く暮らしています。子どもたちは毎年、また招待してもらえるかな?と私に聞くんです。いつも招待して頂けるのを楽しみに待っています」と話している。
イベントは自由参加だが、初回から欠かさず参加し、今ではすっかり大きくなった子どもたち2人に話を聞いた。中学を卒業し、カレッジ(日本で言う高専に近い、技術者に必要な専門能力を身につける教育機関)で学ぶディアナさんは、スタイリストを目指している。
「アジアのものに魅力を感じます。日本はとても美しい文化を持つ国で、気に入っています。少なくともあと2年は勉強しないといけないし、先のことはわからないけれど、日本に行ってみたいという夢があります」と話し、日本で見たいものは?との記者の問いかけに「パチンコ台です」と答えて日本人を驚かせた。パチンコは、様々な動画サイトなどで紹介されているため、ロシア人にとっては非常に日本的にうつるのかもしれない。
辛いものが苦手というアレクサンドルさんは意外にもカレーを注文。「ここのカレーは辛いのと、辛くないのが選べて、美味しいです。今日は土曜で実は授業がありましたが、雰囲気が好きで、このイベントに来たかったんです。今は溶接技術者になるため、カレッジで勉強しています。この夏には子ども村から若者の家というところに移ります。そこで、大人としての生活の第一歩が始まります」と話してくれた。