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「ルナ21号」は、1973年1月15日に月面に到達、「晴れの海」の東端にある「ルモニエ」クレーター内に着陸した。同探査機は重量836キロの「ルノホート2号」を載せていた。
報告書では、探査ミッション中に発生した諸問題と、それらの解決策が詳細に検討されている。
この遠隔操作で動く月面車の運用における最初の深刻な問題は、地球との250回目の通信セッション時に発生した。この時、クレーターに向かって進んでいたルノホート2号に対し、「止まれ」の指示を3回送信しなければならなくなり、その後やっと月面車は停止したという。
また報告書では、1970年に着陸した「ルノホート1号」とルノホート2号の操縦者の「目」となった、映像送信システムの比較も行われている。システムの近代化によって、2号機は一段と速い速度で移動することが可能になった。
ルノホート2号の運用終了時についても、報告書では述べられている。503回目の通信セッション時、車内の温度が43~47度にまで上昇した。車内に土壌が入り込んだことが原因でオーバーヒートが発生したのだ。その後、ルノホート2号との通信は途絶した。
4カ月間の運用中、ルノホート2号は42キロの距離を走行、パノラマ画像86枚とテレビ映像およそ8万を地球に送信した。