『サイゴンでの処刑』 1枚の写真がいかに英雄を死刑執行人に変えたか

ちょうど50年前の1968年2月1日に撮られた1枚の写真『サイゴンでの処刑』は世界報道写真財団の大賞、ピューリッツァー賞などに選ばれたにも関わらず悪名高い、最も有名な写真の1つだ。撮影者はAP通信やタイム誌、ニューズウィーク誌の写真家で、紛争地帯からの写真で知られるエディ・アダムスだ。問題の写真は南北で激しく争い、20世紀後半最大級の軍事紛争が起きていたベトナムで撮られた。
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『サイゴンでの処刑』には人間を射殺する警察官が写っている。警官の名はグエン・ゴク・ロアン。南ベトナムの准将で警視総監だった。射殺された人物については諸説あり、グエン・ヴァン・レムあるいはグエン・タン・ダトと言われている。その男が捕まったのは、南ベトナムの警察とその家族の遺体が見つかった穴の近くだった。この殺害に関与していたかは不明なままだ。だが、その男が前に引き出されるとロアンは思案せず射殺した。

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国際社会の目にとってこの写真は非人道的な戦争のシンボルとなり、欧米で激しい反戦運動が起きた。アダムスは批判の波に呆然とし、ピューリッツァー賞を辞退。後に彼は、この写真を撮ったことを後悔した。

1968年、ロアンは重症を負い、米国で片脚を切断したが、サイゴンに戻った。だが、後に米国に移住した。同地で彼はピザ屋を開き、彼のことは忘れられたと考えていた。しかし1990年代初め、店の壁に「お前が誰か知ってるぞ」と落書きが現れた。37歳のときに運命を変える銃声で有名になったロアンは1998年、がんで亡くなった。

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ロアンが存命中、アダムスは写真によって将軍の名誉を汚したことを謝罪。後にアダムスはタイムズ誌で「将軍はベトコンを殺した。私はカメラで将軍を殺した。写真は強力な武器だ。人々は写真を信じるが、写真は真実の半面にすぎない」と書いた。

ロアン将軍の死後アダムスは、彼を英雄と呼んだ。どうやら、内戦に英雄は存在しないことを理解せずに。内戦の参加者は全て、犠牲者だ。

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