東京2020大会は、夏のオリンピックとしては56年ぶりの自国開催だ。山下氏は、6月27日にJOCの新会長に就任した。その際、複数の関係者から「オリンピックが成功するかどうかは、開催国の活躍が不可欠」というアドバイスを受けたという。来年の東京五輪における日本選手団の目標は、「金メダル30個」だ。これまでのオリンピックでの金メダル獲得数は、2012年のロンドンで7個、2016年のリオデジャネイロで12個だっただけに、30個というのは非常に高い目標である。
招致段階では賛否両論あったオリンピックだが、いよいよ本番を来年に控え、東京五輪を歓迎するムードが盛り上がってきているという。
山下氏「どこの国でオリンピックを開催しても、賛成の人と反対の人がいると思います。でも、それは当たり前のことです。様々な価値観がある中で、日本ではオリンピックに向けて非常に盛り上がりを見せてきていますので、少数派の反対の方々が、動いていても目立たないというのが現状だろうと思います。大事なことは、オリンピックなどを開催すべきではない、と考えている方たちにも、このオリンピックが終わった後に、やっぱり『やって良かったね』と感じてもらうことです。そして、オリンピックを成功させることは大事ですが、そこからレガシーをどれだけ残して次に伝えられるか、それがないといけません。大会は成功したけれど、終わってみたら何も残らなかった、というのでは、本当の意味での開催の価値は半減、それ以下になってしまいます。ですからオリンピックを通して、何を次の時代に残し、伝えていくのか、そこは我々がしっかりと動いていかなければいけないと思っています。」
山下氏「ある瞬間に、気づいたのです。日本がボイコットしたために参加できなかった選手団の中で、その後の人生が一番恵まれているのは、多分、私ではないかと。そして、未だにその傷が癒えない、引きずっておられる方が何人もいます。そう思った時に、一番恵まれている私が、そういう方々の傷が少しでも癒えるようなことをしたい、そしてモスクワだけではなく、モントリオールなど他のオリンピックでも、様々な政府の事情で出られない人がいたという事実を忘れてはいけない、と感じたのです。そこで、私がイニシアティブをとり、そういう方たちに参加してもらうことにしました。例えば聖火リレーに参加したり、自分の競技を見学したり、日本選手団の結団式に一緒に参加してもらったり、当時はユニホームも無かったので、2020年のユニホームをプレゼントしたり…。今月14日には日本オリンピックミュージアムがグランドオープンしますが、そこにはモスクワ五輪日本代表の名前もちゃんと入っています。幻の日本人選手団は、一緒に集まったこともないのです。なので、オリンピック委員会の事務局と一緒に、皆が一緒に集える企画のアイデアを練っているところです。今挙げたことは、ほとんど実現すると思います。それ以外にも、もっとできることがあるかもしれません。」
山下氏は、やはり柔道家であるロシアのプーチン大統領からも「偉大なスポーツマンであり、人格者」と尊敬されている。山下氏は、世界に柔道を広めるNPO法人「柔道教育ソリダリティー」の理事長でもあり、柔道を通してロシアをはじめ世界中で社会貢献活動をしてきた。ロシアとの友好関係について、山下氏の考えを聞いた。
山下氏「ロシアという国は隣国、そして私にとっては特別な国です。柔道において、選手としても、全日本代表の監督・指導者としても、最大のライバルはいつもロシアでした。しかし我々は畳の上をいったん離れると、非常にお互いを尊敬しあう仲間でもありました。ロシアには、柔道を通してたくさんの友人がいます。そしてプーチン大統領は柔道家で、柔道や柔道選手についてよく理解されています。これからも柔道を通して日露の交流のために尽力したいと思いますが、今は、柔道というよりも、スポーツ全体が私のフィールドだと思っています。ですから柔道でやってきたこと、柔道でできたことをサンプルとしながら、それを色々なスポーツに広げていけたら、日露の相互理解と友好親善に、もっと寄与できるのではないかと思っています。」
この日、日本およびロシアの両オリンピック委員会の間で、協力協定が交わされ、ロシアオリンピック委員会のスタニスラフ・ポズニャコフ会長も出席して署名セレモニーが行われた。両者は、この協定に基づき、フェアプレーの原則を遵守するための協力や、ナショナルチーム・ジュニアナショナルチーム間での交流、合同トレーニングを視野に入れて連携していく。 日露の友好の新しい形が、またひとつ誕生した。