ロッククライミングで培った根性
四肢に障がいをもつ子どもや若者を支援している「Life in Motion」は、今年5月末から6月にかけてクリミア半島でロッククライミングを実施した。そこで驚くべき身体能力とリーダーシップを発揮したのがアレクサンドルさんだった。それまではスポーツと言えばサッカーをするくらいだったアレクサンドルさんも、自身の秘めた力に驚くとともに、自分の可能性に自信を持つことができた。他にも候補者がいた中、精神的・身体的な力を総合的に判断し、アレクサンドルさんがマラソン選手として選ばれた。7月末、特別トレーニングを開始。背中や腕の筋力を高め、タイムを縮めるべく懸命に努力を重ねてきた。
日本へ行けるなんて、夢でしかないと思っていた
つい半年前まで、孤児院から出たことのなかったアレクサンドルさんだが、クリミア半島に行くため初めて飛行機に乗り、そして19年の人生で、初めて海外へ行くことになった。わずか半年の間で、アレクサンドルさんの世界は大きく広がった。
ロシアにおける障がい者の就学・就労支援
現在、アレクサンドルさんは孤児院を出て、リャザン州ミハイロフ市にある国立の全寮制のカレッジで経済・会計を学んでいる。このカレッジはロシアで唯一、様々な障がいを持った人が集い、専門知識を身につけ、社会に羽ばたいていくための場所である。
ソ連時代、障がいを抱えた人は田舎へ集められて集団生活をし、まるで社会に存在しないかのように扱われていた。ソ連崩壊後、住宅の割り当てがなかった時代には、16歳で孤児院を出ると老人ホームへ直行させられ、人生に絶望して自ら命を絶った若者も少なくなかったという。現在のロシアでは国費で職業訓練を受けることもできれば、障がい者の就労機会を広げるための制度も存在している。
しかし、Life in Motion代表のマリア・ソコロワさんは、雇用促進制度があっても当人がそれを知らなかったり、スロープやエレベーター、車いす用トイレがないなど、通勤経路や社内のバリアフリーが整っていないことも多いと指摘する。また、孤児院では職員が「あれをしなさい、これをしなさい」と全て決めてくれるため、せっかく職についても、当人の主体性や責任感が薄くて仕事がうまくいかないケースもあるという。
お金だけじゃない、日系企業の社会貢献活動
「Life in Motion」は2014年に、ロシアの国民芸術家エフゲーニー・ミロノフさんと、医師のナタリア・シャギニャン-ニデムさんによって共同で設立された。ロシア三菱商事との協力関係は、財団設立後まもなくスタートした。ナタリアさんは、ロシアの慈善事業は個人の資産家頼みで、ロシア企業には会社として慈善事業に取り組む風土が浸透していないと話す。
温かいエールと大勢の人の協力に感謝
走る当人はもちろん、サポートにあたる全ての関係者が車いすマラソンのために、入念な準備を重ねてきた。イギリス製のレース用車いすも特注した。日本には医師も同行する。アレクサンドルさんは温かい激励に感謝し、「初めて外国へ行くという意味で少しだけ心配していますが、自分に勝って完走し、入賞したいです。車いすに乗っていても、強い力で目的を達成できると証明したいです。そしてもちろん、全ての面で、日本という国に触れたいと思います」と話した。
大分国際車いすマラソンは、1981年に世界初の車いす単独のマラソン大会として始まり、現在では世界最多の車いすアスリートが集う大会となっている。ロシアからは、アレクサンドルさん以外に、フルマラソン部門にルスタフ・アミノフさん、セミョーン・ラダエフさんも出場する。レースは大分県庁前で午前10時にスタートする。過酷なレースに挑戦する車いすアスリートたちの勇姿は、今年も感動を呼び起こしてくれるだろう。