「舞台上の言葉は動作や音楽に紡がれ、一つの身体表現空間をなしている。その中で演出家は現代演劇の傾向と日本の身体表現を融合させた」、作品のポスターにはこのように記されている。そこでスプートニクの記者が舞台『人間椅子』の演出と振付を手掛けたオリガ・ナスィロワに直接インタビューして詳しく話を伺った。
舞台上の『生きた椅子』
スプートニク:この作品に取り組むこととなったきっかけは何ですか? 専門外の人間からすると、ミュージカルとして上演するのはとても難しい小説に思えますが。
ナスィロワ氏:この小説に私は度肝を抜かれました。特に、作品のクライマックスに。作者は物語を通して読者の気持ちや想像力をずっと巧みに操りながら、いきなり全てをひっくり返して読者を混乱におとしいれるのです。主人公の椅子職人はいったい何者なのか、疑問を抱えるのです。そしてこの作品をどうやって舞台化するか、これが演出家、そして振付師として私が抱えた大きな課題でもあります。しかし、よくある話ですが、演出家はこれから生まれるパフォーマンスの構図をまずは全体的に把握します。最初に演者や衣装のことを考え、詳細な動きやディテールは後回しにします。具体的な構想の実現化はそれからです。『生きた椅子』の主人公である椅子職人の痛み、孤独、愛されたいという願望の物語を舞台化する手法がひらめいたのは初めて作品に目を通してから2か月後のことです。当時、私はギティスで男の子が1人と女の子が20人のクラスを指導していたので、彼らにこの構想の実現に挑戦させました。まずは卒業公演の形でしたが、ギティスの学生劇場で成功を収めました。卒業後、キャストを変えずにプロのステージで上演を継続することとなりました。
スプートニク:小説の要素を最も担うのはダンス、音楽、ヴォーカルのどれでしょうか?
ナスィロワ氏:もちろん、小説の醍醐味はシナリオ、テクストの中にあります。そしてこのテーマを身体ひとつで表現するのは不可能に近いでしょう。ですから、私たちの作品では数人の読み手も導入しました。この読み手は、女性作家への思いをつづった椅子職人の手紙を読み上げます。女性作家がこの手紙を読み始めると、音楽と身体表現が加わり、その手紙が観客の眼前で「息をしはじめる」のです。テクストはもちろんカットする必要に迫られましたが、シナリオを進める部分に関しては残りました。
「偉大な文化に敬意を表して」
スプートニク:作品の舞台は日本ですから、日本らしい要素は何かしら盛り込みましたか?
ナスィロワ氏:複数のスタイルを融合させようとは努力しました。作品には殺陣の要素も取り入れてあります。作品のヒロイン、佳子が日本舞踊を披露するシーンがありますが、私たちの作品では扇子を原稿に置き換えました。扇子の持ち方や歩き方、方向の変え方、お辞儀の仕方など、専門家のアドバイスも受けました。また、刀が使われるシーンでは殺陣師にも指導を依頼しました。主人公の椅子職人が被る仮面には日本の方に漢字を書いてもらいました。舞台では作曲家フィリップ・チェルノフの楽曲に加え、和楽や太鼓も用いました。
スプートニク:日本の舞台芸術は意識されましたか?
ナスィロワ氏:古典演劇の要素を取り入れて作品に花を添えたい気持ちもありましたが、日本文化を学ぶにつれて、その奥行きと繊細さに触れました。そして歌舞伎や能、武士道など、こうした要素をすべて理解するには日本人に生まれるか…。それとも日本に移住するしかないと理解しました。そういった意味で、この偉大な文化に敬意を表すべく、日本の要素を断片的に挿入し、痕跡や仄めかしを残す程度にとどめました…。
「私たちと日本人の受け取り方には隔たりがないとも限らない」
スプートニク:この作品を日本の観客に見せたいですか?
このように答えるナスィロワ氏の後ろには数多くの音楽劇場やドラマ劇場、ミュージカル劇場、劇場イベントで上演した作品の写真が飾られている。作曲家フィリップ・チェルノフ氏はいくつもの舞台や映画に楽曲を提供しており、そのレパートリーの幅広さは特筆に値する。江戸川乱歩作『人間椅子』の翻訳は日本学者、文化研究者、ロ日協会執行部のガリーナ・ドゥトキナ代表が手掛けた。劇団「KANEVSKIE」はロシアの演劇界でデビューしたばかり。しかし、劇団は才能豊かでクリエイティブな集団として注目を集めている。