ロシア科学アカデミー医学・生物問題研究所の極限状態における人間の生理学部門の部長でもあるスヴォロフ氏は、宇宙医学が芽生え始めた当時、セルゲイ・パヴロヴィチ・コロリョフ氏(ソ連宇宙飛行学の『父』。同氏の指揮の下、ガガーリンは宇宙へ飛び立った)は、火星の他に金星への飛行も検討していたと述べている。
スヴォロフ氏によると、当時すでに金星の大気は呼吸に適さないこと、表面の気圧は96気圧であり、これはほぼ水深1000メートルの気圧に相当することが知られていた。
このような圧力下で作業を行う可能性を確認するため、1981年、医学・生物問題研究所はソ連科学アカデミー海洋学研究所と共同で、100メートル降下した場合の圧力の実験を機密室で行った。この実験にはスヴォロフ氏も参加し、その後350メートル、450メートル降下した場合でも行われた。
スヴォロフ氏は「最終的に我々は、深さ1000メートルで人間は作業できることをほぼ証明した」と述べている。
このような環境では息切れや呼吸困難が生じるが、中程度の身体活動は可能だという。
一方、探査機が金星に送られると、金星の大気は二酸化炭素でできていて高温であることが明らかになり、有人飛行の構想は次第になくなっていった。
1967年、ソ連の金星探査機「ベネラ4号」が金星に初めて到達したが、金星の表面に着陸できたのは1970年に打ち上げられた「ベネラ7号」のみ。ベネラ7号は約90気圧の大気、約465度の温度などのデータを記録した。
惑星間ミッションの計画は、ロシア国営宇宙開発企業「ロスコスモス」と米航空宇宙局(NASA)でしばらくの間保管された。ロスコスモスのロシア人研究者らは2005年から金星の大気と表面を研究するための金星探査機「ベネラ-D」プロジェクトを進めており(ロシアの「アンガラ-А5」ロケットを使った「ベネラ-D」の打ち上げは2026年から2031年までの期間に計画された)、NASAは将来の金星探査機のセンサー開発のコンクールを発表した。
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