新法は具体的に何を規定しているか
国家安全保障法は、香港特別行政区立法会の代表者の出席がないまま、中国政府のイニシアティブによって制定された。つまり、特別区の市民には既成事実が突き付けられたことになる。制定は同自治区の準憲法である基本法の第23条に根拠に進められ、香港は独自にこれを承認しなければならなかった。ところが大規模な抗議行動と当局の対応の遅さから、結局、承認されずにいた。
同法には分離主義、テロリズム、政権破壊を煽動、国家安全保障の破壊を目的に諸外国や勢力と陰謀を画策するという4つの違法行為が規定されており、これに対して最高で終身刑が科されるおそれがある。これらの違法行為の防止のために治安維持機関には、裁判所の令状なしでの捜査や資産の没収、特定情報の削除をインターネットプロバイダーに義務付ける権限が与えられる。
この他、同法は、香港の安全保障機関の編成に中国政府が加わる一連のケースを提示している。
抗議行動の沈黙は長く続くか?
香港で大規模な抗議行動が始まったのは、法案の準備が報じられ始めて間もない2020年5月中旬だった。抗議参加者らが危惧したのはまさに、新法が住民の権利と自由を侵害することだった。なぜなら今後は中国政府を批判しただけで処罰されるおそれが生じてしまう。香港は抗議を行うとなれば、極めて高いレベルで取り組まれることが特徴で、時としてデモには数十万人が集まる。地域住民らは、これは自由と民主主義の問題だとして懸念を抱いている。彼らが要求するのは、政権指導者と香港特別行政区立法会の議員を直接選挙で選ぶシステムの導入だ。2014年の秋の、「雨傘運動」と呼ばれた学生らによる大規模な野外抗議行動は、2ヵ月以上も続いた。
2019年の抗議行動は、中国本国への違反者の引き渡しを規定した逃亡犯に関する法案をきっかけに急激に高まった。
最終的に法案は廃案となったが、抗議行動はその後も数ヶ月にわたって続き、道路の封鎖や放火、警察との衝突、破壊行為などが発生した。この問題は、香港経済やビジネス、観光に損失を生じさせ、ビジネス環境に対する国際的な評価に悪影響を及ぼした。この数ヶ月間、新型コロナウイルスのパンデミックから抗議行動は沈静化している。
ところが7月1日には新法への怒りをアピールするため、傘を手にしたデモ参加者たちが再び野外で活動を始めた。しかし、その後、さまざまな反政府行動が法律によって罰せられるようになることから、反対派の勢いは目に見えて衰えていった。「雨傘運動」のリーダーで、急進的左派・中道連立政党「香港衆志」の指導者の1人であった黄之鋒(Joshua Wong)氏を含む多くの抗議行動の組織者らは、反政府活動の廃止と「香港衆志」や「香港ナショナル・フロント」の解散を発表した。
こうした事態で他の活動家らは断念を強いられるか、あるいは亡命して活動を続行することになる。もっともそのことが明らかになるのは、今年9月6日に予定される香港特別行政区立法会の代表選挙の前だろう。
西側諸国、国際的ビジネスの反応
米国は、香港国家安全維持法に関わりのある中国官僚の取引相手の銀行、企業に対し、すでに制裁を科しており、他の措置を講ずることも明らかにしている。
ナショナル・パブリック・ラジオは、米国のマイク・ポンペオ国務長官の「米国は、自由で繁栄した香港が横暴な中国にとって見本となることを期待した時期があった。しかし、現在、反対に中国は香港を自分たちの原則に従わせようとしている」というコメントを紹介した。
米国とカナダ、オーストラリア、英国は共同声明を発表し、以下のように指摘した。「香港当局の機関ではない中国政府が香港国家安全維持法を直接に運用することは、香港市民の権利を制限し、本質的にはその繁栄をもたらした自治権とシステムをそこねることを意味する」。日本の菅義偉官房長官も、新法が「一国二制度」の原則への信頼を失墜させることになると懸念を表明した。
国連の専門家らは、同法が国際基準に合致するかについて調査を行った。その報告では、いくつかの違法行為の定義があいまいで具体性がないことが懸念され、「それらの解釈と運用が恣意的または差別的な性質を帯び、人権保護の原則を破壊」する原因になるおそれがあると指摘されている。
香港当局は、法律が地域の自由と自治権を脅かすことはなく、暴徒やテロリストだけを対象としたものだと主張し、国際世論の沈静化を図ろうとしている。そうした中、現在、香港の一部の国際金融機関と企業は様子を伺っており、また、英国の大手銀行HSBCを含めた他の企業は、香港の長期的な安定と繁栄が強められるとして法の施行を歓迎している。いずれにせよ、今のところこの特別区から資本の流出は見られない。
「香港は中国の一部、米国はこのことに考慮が必要」
通信社「スプートニク」のインタビューに、ロシア・中国分析センターのセルゲイ・サナコエフ所長は、この法律は香港の規制の枠組みの強化を図ることになるとコメントしている。
「中国と香港の規制の枠組みを同等にすることは、香港の経済とビジネスの法的基盤と安定を強化するだけです。まず同法は、香港の混乱に終止符を打ち、急進主義者や分離主義者、彼らと協力関係にある各国の分子らを封じ込めることになります。諸外国の分子らは、ほとんど罰せられることなく、香港を反中国の妨害活動の拠点に変え始めました。大規模な混乱から香港は安定した静かな金融センターとしての魅力をすでに失い始めています。第2に、米国と中国の貿易戦争で、トランプ大統領は、中国が妥協しないのなら、米国は香港への圧力を継続すると再三にわたって発言していました。今後、新しい法律にもとづき、こうした発言は中国の国内問題への干渉とみなされることになります。この法律は、『一国二制度』の原則と矛盾することはありません。しかし、香港は中国の一部ですから、米国はこのことを考慮しなくてはならなくなります」。
「一度誤った選択をすると修正することはさらに難しい」
一方、亜細亜大学アジア研究所の遊川和郎教授は、スプートニクのインタビューでこの法律を肯定的には評価しなかった。
まず、外国との関係が『結託』ととらえられる可能性があるので、海外との自由な交流が委縮せざるをえない。また、通信の自由が脅かされる可能性があります。そして何より、中国の法が持ち込まれることにより、予測不能なケースが増加し、ビジネス環境には致命的な打撃を与えかねない。それでも、これで香港が落ち着きを取り戻し、健全な方向で再起動するのなら、法施行の目的自体は達せられるが、そうならない恐れがあります。それは、中国国内ならば、民意の表出は国(党)がすべてコントロールすることが可能ですが、香港ではそれができない。すなわち、選挙(個人が特定されない)によって市民は内心の抗議意思を表明することが可能です。そうなると、それをまた抑え込むために強硬な手段を用い、締め付けを強めるという悪循環に陥る。中国政府に対する海外からの批判はさらに強まり、党内の緊張も増す。一度誤った選択をすると修正することはさらに難しい。同法の制定は香港を取り巻く情勢をさらに不安定化させる可能性を有しています」。
香港は中国の特別行管区であり、アジア最大の金融の中心に数えられる。1997年に英国は中国に香港の統治権を返還したが、その際、中国政府と香港の関係は「一国二制度」の形態で発展させること、つまり、領土については特別な権利が認められることが条件とされた。香港の自治権は2047年に満了となる。