ロシアが開発し提供するワクチン「スプートニクV」は、世界初の新型コロナウイルス感染症のワクチンである。
残念なことに、この分野の科学的なデータの研究や開発を進めていく代わりに、一部の国々の政治家やメディアはロシアが開発するワクチンへの信頼を損ねようとしている。私は、このようなアプローチは逆効果であると考え、新型コロナウイルスのパンデミックを前に政治的な『停戦』を求める。
ロシアの新型コロナウイルス感染症のワクチン「スプートニクV」に関する正確な最新情報を提供するウェブサイトが最近、開設された。
ロシアのワクチンの歴史は、エカテリーナ2世から始まった
ロシア帝国のエカテリーナ2世は1768年、米国で最初の接種が行われる30年前に、ロシアで初めて天然痘の予防接種を受けた。
ロシアの研究者ドミトリー・イワノフスキー氏は1892年、モザイク病に冒されたタバコの葉の研究中にウイルスの異常な能力を発見した。そのタバコの葉から取った液汁を細菌ろ過器に通しても、その液汁は感染力を保っていたのだ。ウイルスを顕微鏡で初めて観察できるようになるのはその約半世紀後だったが、イワノフスキー氏の研究によってウイルス学という新しい学問領域が生み出された。
ロシアはイワノフスキー氏の発見後、フランス・パリのパスツール研究所で学び、1886年にロシアで世界で2番目に狂犬病ワクチン接種機関を開設した研究者のニコライ・ガマレヤ氏をはじめ、多くの優秀な研究者を輩出した。ロシアは、ウイルス学とその研究の世界的リーダーとなった。
ロシアとソ連の研究者の数十年に及ぶ努力により、ロシアのニコライ・ガマレヤ国立疫学・微生物学センターのような研究インフラが作られた。このインフラは、独自の保管技術を駆使して作られた世界でも最も豊富な「ウイルスライブラリ」から実験動物飼育センターにまで及ぶ。我々はこの遺産の誇りに胸に、世界で初めて承認された新型コロナウイルス感染症のワクチンを開発することができた。すでに海外からワクチン10億回分の供給要請があり、年間5億回分を生産するという国際的な合意に達したが、我々はさらに増産する計画を立てている。
開発スピードの秘訣はどこにある?
今日、多くの欧米メディアや政治家は、ロシアの新型コロナウイルス感染症のワクチンの開発スピード、その有効性と信ぴょう性に疑問を呈している。そのスピードの秘訣とは、ロシアのワクチン研究における経験にある。1980年代以降、ロシアのガマレヤ・センター(ニコライ・ガマレヤ国立疫学・微生物学センターの略)は、ヒトのアデノイド(咽頭扁桃)で確認され、風邪を伝染させるアデノウイルスを、別のウイルスの遺伝情報をヒトの細胞に挿入させるキャリアあるいは「ベクター(運搬者)」として利用する技術的なプラットフォームの開発に取り組んできた。その手法では、感染の元となるアデノウイルスの遺伝子を排除し、別のウイルスのタンパク質コード遺伝子を挿入する。アデノウイルスに挿入される遺伝子要素は少量で、アデノウイルス自身が危険と判断するものではない。そしてこれは人体にとっても安全なもので、免疫反応を助け、感染から我々を守る抗体を産出してくれる。
最近の研究では、長期的に持続する免疫を作るためには2回のワクチン摂取が必要であることがわかっている。ロシアの研究者らは2015年以来、2種類のベクターによるアプローチ法に取り組んでおり、そのため新型コロナウイルス感染症のワクチンで2種類のアデノウイルスベクター(Ad5とAd26)を使用するというアイデアが生み出された。つまり、第1回目の接種で1つ目のベクターで免疫がついた体に、2つ目のベクターを利用した2回目のワクチンを接種することにより、ワクチンの効果を高めていく。
ガマレヤ・センターは、2種類のベクターによるアプローチを用いてエボラワクチンも開発し、承認されている。このワクチンは過去数年間で数千人に接種され、新型コロナウイルス感染症のワクチン開発で使用されたプラットフォームを作成することとなった。2017〜18年にはギニアでエボラワクチンが約2000人に接種された。ガマレヤ・センターは、エボラワクチンの国際特許を保有している。
アデノウイルスベクターをベースにしたワクチンを開発している研究施設は他にもある。英オックスフォード大学は、ヒトアデノウイルスではなく、これまで承認されたワクチンでは使用されたことのなかったサルアデノウイルスを用いている。米ジョンソン・エンド・ジョンソンはアデノウイルスAd26、中国カンシノ社(CanSino)はアデノウイルスAd5を使用している。両社ともガマレヤ・センターと同じベクターを利用しているものの、2種類のベクターを用いるアプローチはまだ習得していない。また両社とも、すでに各国政府から新型コロナウイルス感染症のワクチンの大量注文を受けている。
ロシアの新型コロナウイルス感染症のワクチンは完成し、承認された。第2相の臨床試験が終了し、これらの結果は国際基準に則り8月に発表する。報告書には、ワクチンに関する詳細な情報や、いくつかの第三者機関による試験で示された正確な抗体レベル、新型コロナウイルスのスパイクを攻撃する最も効果的な抗体を特定するガマレヤ・センター独自の試験の結果が記載される予定である。さらに報告書では、臨床試験の被験者が新型コロナウイルスに対して100%の免疫力を獲得していることを示していく。また、通常だと新型コロナウイルスで死亡するゴールデンハムスターを用いた研究結果も報告書に盛り込む。この研究では、接種後のハムスターが致死量に相当する感染を受けても、100%の確率でウイルスから身が守られ、肺の損傷が起こらなかったことが明らかになっている。ワクチンは承認され、我々はさらに3ヶ国で国際的な共同臨床試験を実施する。そして、9月までにワクチンの量産を開始する予定だ。
健康と政治をめぐる戦い
ロシアが新型コロナウイルス感染症のワクチンを大量生産する計画を発表したのと同時に、海外のメディアや政治家の間で懐疑的な意見が示された。私は欧米メディアのインタビューに応じたが、ロシアの新型コロナウイルス感染症のワクチン研究に関する重大な事実を記事に盛り込むことを拒むメディアが多かった。
政治が科学の発見を邪魔し、公衆衛生が危険にさらされ、ロシアが科学界のリーダーシップを発揮する場面で国際間の不信感に直面したのはこれが初めてではない。1950年代の日本でポリオが流行した際には、ポリオで命を落とした子どもの母親らが、政治的な理由からソ連製のポリオワクチンの輸入を禁止した日本政府に反発し、デモを行った。その結果、ワクチンの輸入禁止措置は解かれ、デモ隊は目標を達成した。これにより、2000万人以上の日本の子どもたちの命が救われた。
ロシアは今日、現在と将来のパンデミックに対処するため国際間の協力に向けて門戸を開いている。すべての国がこの公衆衛生上の問題を政治と切り離し、生活を守り、経済活動を再開するためにより良い解決策や技術を見つけることに力を注ぐ必要がある。ロシア直接投資ファンドは、ロシアの新型コロナウイルスワクチンの共同生産に向けて、すでに5ヶ国と提携を結んでいる。
- 著者のキリル・ドミトリエフ氏は、500億ドルを運用するソブリンファンド「ロシア直接投資ファンド」の最高経営責任者。
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