日本で芽生えた、映画を撮りたいという気持ち
フォーキン氏はロシア演劇界では知らぬ者のない存在で、サンクトペテルブルグにある国立アレクサンドリンスキー劇場の芸術監督を長年務めている。2019年に日露共催で行われた「シアターオリンピックス」ではロシア側の芸術総監督として来日し、自身が演出した舞台「2016年、今日」の公演が富山県の利賀村で行われた。実はこの時に上演された「2016年、今日」こそ、映画「ペトロポリス」の前身である。原作は、監督の息子であるキリル・フォーキン氏のSF小説だ。
日本での公演を振り返り、監督は「日本人は、戦争、犠牲、ファンタジーといった全てのものに対して、とても繊細な感性を持っていました。また、観客の中にはアメリカやヨーロッパからの外国の方もたくさんいて、彼らは舞台をとても感情的に受けとめました。私たちはどこへ行くのか、私たちとは何者なのか、私たちはいつか変わることができるのか?こういった問いは世界の全ての人にとって普遍的で、重要であるとわかりました。このことが私を、映画撮影へと駆り立てたのです」と話している。
「ペトロポリス」ってどんな話?
「ペトロポリス」のストーリーは2000年から2020年にかけて進行する。舞台はロシア、アメリカ、そして日本にまたがっている。主人公は、アメリカに移民したロシア人の息子で、国連に招聘された優秀な心理学者だ。実は米ソの冷戦時代、異星人はすでに地球人とコンタクトを取り、様々な知恵を授けていた。国連の一部の人間を除いては、このことは秘密にされていた。しかし異星人と、自国の利益を追求する地球人との間にはどんどん軋轢が生じ、地球の運命は、主人公の手に委ねられることになる。
木下順介さん、巨匠との仕事に満足
木下さんは、「ペトロポリス」で国連職員・尾尻宏樹の役を演じている。主人公を研究に引き入れ、彼の運命を変えてしまう重要な役どころだ。木下さんは「フォーキン監督と一緒に仕事ができたことはとても嬉しい」と話している。
木下さん「相手がロシア語で、僕は日本語で話しているので、僕は相手のセリフが終わったら分かりますが、相手は、僕のセリフがどこで終わったか分からない。そのために、うなずくタイミングが違ってしまったり、呼吸が難しく、相当準備しておかないとセリフがすらすら出ない、ということがありました。これまでロシアの現場ではロシア語で演技してきたので、現場のリズムにのると、ついロシア語で返したくなってしまいます。監督の指示に応じて、英語のセリフの後に日本語を言うシーンもありました。後で、どういう形で完成するのか興味深いです。」
撮影セットの「日本レベル」にびっくり
筆者は幸運にも、撮影現場を訪れることができた。全身消毒、検温など、徹底したコロナ対策がなされている。スタッフや出演者は定期的にPCR検査を受けている。中に入ってみると、広大な敷地に、色々なシーンのセットが設営されていた。驚くべきは、セットの豪華さだ。砂浜、お洒落なマンション、日本のお墓など、色々なものが一つに集まっていて、不思議な感覚だ。本当は日本のシーンは日本で撮影する予定だったが、コロナ禍ではもちろんそれはできない。セットのお墓にはきちんと漢字も書かれていて、白い煙が漂うと、まるで日本のホラー映画のようだ。
さらに目を奪われるのは、飲み屋などが立ち並ぶ日本風の通りだ。漫画喫茶や居酒屋の看板に灯りがともったり、メニューが立てかけてあったりと、芸が細かい。そして道路上の「止まれ」の文字は本物にしか見えない。そこに、アジア系の外見をした日本人役の俳優たちが集うと、本当に日本にワープしたような気分になる。
つい先日、全てのシーンの撮影が終わり、セットが報道陣に公開された。この撮影現場の跡地には住宅が建設される予定で、セットは破壊され、日本の通りは幻になってしまう。今後、編集作業を進め、来年にまずはロシアで公開される予定だ。監督が「主要なテーマは互いへの信頼です。国境の枠を超え、互いの文化が行き来する幅を広くし、不信感をやわらげることにつなげたい」と話すこの映画、日本でも観られる日が来てほしい。