ドブロウの寿司は完全に野菜と海苔だけでできている。「米も魚もない寿司なんて、もう寿司じゃない」というツッコミが聞こえてきそうだが、「スシ」や「ロール(巻き寿司のこと)」はすでにロシア語の一部となっており、ファーストフード的な位置づけで広く浸透しているので、その辺は許容してほしい。
ビーガンなので卵も乳製品も使っていない。さらに、ドブロウの売りはローフード。野菜の栄養価を完全に生かすため、焼く・煮るなどの調理を一切しておらず、すべての料理が生のままだ。それでいて、寿司だけでなく、ピザやバーガー、パスタなど、多彩なメニューが用意されている。
まず試食したのが、3色寿司の組み合わせだ。ピンク、水色、紫の寿司はとてもカラフルで、まるでトルコのお菓子のよう。ピンクはキノコ入り。水色の寿司は、「ニンジン入り韓国風」という名前で、スパイシーなソースが中に入っている。それぞれの具材は細かくカットされていて、全てが一体となっているので、何が入っているか言い当てるのは難しい。正直、ピンクはぼんやりとした味で、キノコの味がほとんどわからなかった。水色の方はソースのおかげで味がしっかりとしていて、ニンジンの歯ごたえが感じられた。
私が一番気に入ったのは紫の寿司だ。「黒い真珠」という名前で、上にのっかっている黒いものはキャビアをイメージしている。これの正体はスーパーフード「チアシード」だ。少しもっちりとしたプチプチ感が実によくできている。どの寿司も繊細な味だが、表面のボリュームのあるゴマの味と、海苔の味はしっかりと感じられた。意外にも、お皿の半分ほどを食べたところでかなりお腹がふくれてきた。
次の料理がやってきた。シェフの新作、「ロービーガン・ヒンカリ」だ。ヒンカリとは、ジョージアの伝統的料理で、大きな小籠包のような見た目をしている。町のどこででも食べられるほどメジャーな料理だ。あつあつのヒンカリを手でつまみ、端っこをかじって肉汁をすすり、残りを大胆にバクッと食べるのが醍醐味だが、もちろんここのヒンカリは一味違う。
肉のかわりに中に入っているのは、ボルシチの材料としてもおなじみのビーツだ。完全な液体ではないけれど、固体でもなく、かと言ってゼリー状でもなく、全ての中間に位置するようなおもしろい食感だ。ライスペーパーのもっちり感とよく合い、美味しい。フレッシュな香りのバジリコのソースがついてくる。さっきの寿司に比べるとビーツ自体の甘みが強く、バジリコもかなり主張するので、ぶつかりあう感じがある。もともとの素材の質が料理にダイレクトに反映するので、同じものを頼んでも味が違う、ということはよくあるそうだ。
お腹がいっぱいになったところでふと周りに目をやってみると、とても賑わっているのに驚いた。このレストランが入居するショッピングセンター内には食べるところがたくさんあり、上階にはフードコートもある。お値段は決して安くはない。それなのに満席で、席が空くと、またすぐに埋まる。現在はポスト期間(※大精進。ロシア正教会では謝肉祭(マースレニッツァ)が終了した翌日から復活祭(パスハ)までの40日間、動物性の食物を避ける)にあたっているので、その影響もあるだろう。
デザートがわりに、豆乳を使った抹茶ラテを飲みながら、ドブロウ広報担当のアリョーナ・ポドゥシコさんに話を聞いた。驚くべきことに、ドブロウのシェフたちは全員ビーガンだという。それだからこそ、美味しくて多彩なメニューが追求できるのだろう。
アリョーナさん「ロシアで、ここまで美味しさを追求したローフードはほかにないでしょう。コロナ以降の経営は順調で、ローフードについて何も知らない人が来店し、こんなに美味しいものなの?と驚いて、リピーターになってくれます。一番人気のメニューは寿司、それにバーガーも人気があります。」
アリョーナさん「自分の身体に気を使う人が増えました。瞑想が流行っていることも関係しているかもしれません。瞑想のプロセスによって人は、自分の身体の声に注意深くなります。自分の身体の感覚に正直になると、これは食べたい、あれは食べたくないというのが自然と出てきます。瞑想とビーガンとは、つながっていると思いますね。生食は、人間の栄養のもっとも基本的な部分で、人間と調和し、人を健康に、良いほうに変えてくれると信じています。」
普段、ビーガンには縁のない私だが、どの料理もファンタジーというか、美的感覚、芸の細かさが職人技の域に達しており、目でも楽しめるのが良かった。カロリー過多の伝統的なロシア料理に飽きたら、新ビーガン文化を体験してみよう。