8月初旬、東京の小田急線の快速急行で、36歳の男が刃物で乗客を切りつけるという事件が発生。男はサラダ油を撒き、火をつけようとした。男は、その後、幸せそうな女性を見ると殺してやりたいと思ったと打ち明けた。
また10月31日には、京王線で、24歳の男が刃物で乗客を切りつけるという事件があり、これにより17人が負傷した。この事件でも、男は車内でライター用オイルを撒いている。
そしてそのわずか数日後の11月、今度は日本の九州新幹線の車内で69歳の男が床に火をつけようとした。これまでも電車や駅などで人を襲うという事件は日本でもあったが、頻繁に発生するものではなかった。
英国や米国の研究者らが学術誌ランセットで発表した研究結果によれば、新型コロナウイルスに感染した人の3分の1が、感染から6ヶ月が経過した後も、神経や精神の障害に苦しんでいる。
新型コロナウイルスだけではなく、感染予防による制限、自粛、ロックダウンなどといった総合的な社会の状況が、世界の人々の精神状態にネガティブな影響を与えている。
2020年、日本では、うつ病の発生率が、パンデミック前(7.9%)に比べて2倍以上増加した(17%)。ちなみに米国では2019年に6.6% だったのが2020年に23.5%、英国では2019年に9.7%だったのが、2020年には19.2%となっている。
一方、中国でも、このコロナ禍において、人々の不安感があるという人の割合は2019年に5%だったのが、2020年には35%、またうつ病の症状があるという人の割合は2019年に3.6%だったのが、20%にまで上昇した。さらにロシアでは2021年に国民の38%がうつ病に特有の症状が出ていることが分かっている。
ロンドンの国立神経学脳神経外科学病院の専門家らは、「新型コロナウイルス感染症は、脳血管を含む神経系全体に障害をおよぼす神経学的症候群の幅広い症状に関連している」と指摘している。しかし、このプロセスの形態論や生化学はまだはっきりとは分かっていない。
神経内科医で作業療法士のチグラン・マキチャン氏は、脳の酸素不足を伴うコロナウイルス感染症は、神経疾患や精神疾患の悪化を引き起こす可能性があると述べている。
「パンデミックによる、抑制された雰囲気と不安は、感染していない人の間でも広がっています。とくに、パンデミックと以外のストレスに悩まされている人や生活の大きな変化に不安を持っている人たちの間で問題は深刻です。感染者の間でも、うつや気分障害、またふさいだ気分にイライラが重なった状態といったネガティブな精神状態になることが確認されています。また感染者の一部には、精神的機能が冒され、現実社会の認識を変えてしまうような精神疾患が引き起こされる場合もあります。加えて、新型コロナは意識の混濁、パニック障害、幻覚、抑えられない怒りなどのこころの病を引き起こすこともあります」。
一方で、個人の逸脱行動は、コロナウイルス感染による生理学的な理由によるものだけではない可能性があると指摘する。
「これは、これまでに経験したことのない、長期にわたる不安によって引き起こされている可能性があります。家族の死や感染、人との接触が激減したこと、職あるいは収入を失ったり、失うかもしれないという不安、人生の計画の変更、明日への不安、またメディアやソーシャルネットワーク上に溢れるネガティブな情報などによるものです。社会の階層分化によって、貧しい人たちは疎外されたように感じ、孤独感が増し、社会的に隔離された気分になり、全世界に対する怒りを覚えます。とりわけ、一人きりでうつと向き合わなければならなくなり、自分だけでは対処できなくなっている場合は危険です。そういう人は、アルコール依存症になったり、自殺願望を抱いたり、あるいは攻撃的になったりします。精神・心理状態について、それがコロナの社会心理的な影響なのか生物学的影響なのかを見分けるのはとても難しいのです」。
おそらく、早かれ遅かれ、専門家たちはコロナ後のうつ状態の臨床症状に対処する方法論を確立することになるだろう。しかし、それまでに、社会においては少なからぬ問題が噴出する可能性は除外できない。