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日本の老年医学、ロシアで注目:がんと高齢者テーマに日露シンポジウム 専門家に聞く認知症の最新研究

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先月12日、健康長寿社会の実現を討議する全ロシアフォーラムの枠内で、高齢のがん患者に対するケアをテーマにした日露シンポジウムがオンラインで開催され、日本を代表する老年医学やがん治療の専門家が登壇した。シンポジウムでは、高齢者に特有なフレイル状態の評価、身体への負担が少ない大腸がんの手術、食事支援、医師と患者が共同で行う意思決定プロセスなど、包括的なアプローチについて様々な報告がなされた。
意外にも共通点が多いロシアと日本の高齢者問題

ロシアで注目され始めた老年医学

愛知県・大府市にある国立長寿医療研究センターは、病院と研究所をあわせもち、高齢者が健康で長生きできるようあらゆる側面からの診療やサポートを行っている。同センターの荒井秀典理事長は、「フレイル」と、その尺度や評価方法について紹介。フレイルとは心身が衰えている状態のことで、健康状態と要介護状態の間に位置し、身体的、精神心理的、社会的な要因から成る。フレイルは適切な介入をすることで元に戻る可能性があるため、高齢者の健康増進を考える際に欠かせない概念だ。
がんセンター東病院・大腸外科医長の塚田祐一郎氏は、同病院では大腸がん患者の約9割が、開腹手術に比べて身体への負担が少ない腹腔鏡手術を受けていると報告し、手術支援ロボットを活用した最新の外科手術について紹介した。
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さらに長寿医療研究センターからは、老年内科医長の前田圭介氏と在宅連携医療部長・三浦久幸氏が登壇し、がん悪液質(体重減、低栄養)における食事支援、患者当人が意思決定できるうちに終末期医療について事前に話し合い共有するACP(アドバンス・ケア・プランニング)の重要性についてそれぞれ報告が行われた。
ロシア側からは、セチェノフ記念第一モスクワ医科大付属大腸肛門外科学・低侵襲外科病院のピョートル・ツァリコフ院長が登壇。ツァリコフ氏によると、ロシアにおいて老年医学に対する関心が高まってきたのは2000年代半ばで、日本と比べるとだいぶ遅いが、近年ではロシアでも価値観の変化がみられるようになったという。ツァリコフ氏自身も、来日時に「年齢や身体的な制限にかかわらず積極的に治療する」という日本の医師の方針に大きく影響を受けた。ツァリコフ氏は「高齢であること、合併症や併存症は、外科手術を除外する理由にはならない」と結論づけた。

元気なら100歳でも手術

荒井氏は、シンポジウムの感想を次のように話してくれた。

「ロシアは脳卒中など血管の病気が多く、高齢化は日本ほど深刻な問題ではありませんが、あと2~30年すると高齢者を包括的に診るという、日本的な医療を充実させないといけなくなるでしょう。今回はがんがテーマでしたが、私たちの感触だと60代とか70代は若い患者さんで、普段相手にしているのは70代後半以上の方たち。非常に複雑な病態を持った人が増えていますので、そういう状況にロシアも備えたほうが良いでしょう。老年医学はロシアでもこれからきわめて重要になると思います。35年前、私が医者になった当時は今のロシアのように、がん患者が70歳だと手術をするのはどうかな…という雰囲気がありましたが、今は、元気さえであれば手術の年齢制限がほぼなくなり、100歳でも手術をすることができる時代になりました。そこがロシアと大きく違う点です。」

日本がリードする老年医学分野の最新研究

後日、日本の老年医学研究について、荒井氏に詳しく話を聞いた。日本人の健康寿命と平均寿命の間には差があり、男性の場合は平均9年間、女性は12.5年間、介護を必要とする期間が生じている。世界一の超高齢社会・日本では、この期間をできるだけ縮めることが重要だ。
女性の健康寿命と平均寿命の差が開いているのは、男性は脳卒中で要介護になる人が多いのに比べ、女性の方が骨粗しょう症が多く、骨折しやすかったり、ひざが悪い人が多い。さらに認知症も女性の方が多く、介護が必要になるのだという。

「認知症については、早く見つけて早く介入できるように、血液検査で早期診断ができないかと研究しています。認知症を予防するための薬の開発も行われています。しかし、これから市場に出てくる薬は年間600万円かかってしまいます。それを全員に、というのは現実的ではありません。軽度認知障害(MCI)の段階で兆候を見つけ、いかに介入するかが課題です。」

この分野の研究は、日本・アメリカ・ドイツが先行している。長寿医療研究センターは、生活習慣の改善からアプローチし、センター近くの住民を対象に認知症予防の臨床研究を行っている。荒井氏は「研究成果が出ればそれを日本全国に展開し社会実装したい」と意気込む。

高齢者医療保健分野でロシアと協力

長寿医療研究センターとロシア高齢者科学クリニックセンターの医療協力推進は、2016年の「8項目の協力プラン」がきっかけだった。両者は2017年8月に協力覚書を締結。ロシアで医療関係者向け研修会や一般市民向けの公開講座を行ったり、日本にロシアの老年医学研究者を招聘するなど、活発な交流が行われてきた。また日本側は、ロシアで非常に関心の高いポリファーマシー(多種類の医薬品を併用することで起こる問題)について医療従事者向けテキストを作成、提供している。
ロシア高齢者科学クリニックセンターのオリガ・トカチェワ所長に話を聞いた。現在のところロシアでは、国民が加入する強制保険の範囲内で、がん治療の費用をカバーしている。また、現在進行形で、前例のない規模の連邦プログラム「健康保健」により、がん治療のための機器や医薬品に惜しみなく予算が割かれている。

「ロシア国民は、日本人が平均寿命の大幅な伸長をどのように達成したかに非常に興味を持っています。日本側と協力し、市民を対象にモスクワやサンクトペテルブルクで行った講座にはとても大きな反響がありました。そして今回のがんと老年医学の組み合わせも、ロシアの医師に非常に興味をもって受け入れられました。この分野での日本人専門家の経験は非常に貴重です。日本側は、長寿、超長寿、老化のメカニズムを長い間研究しており、非常に興味深いデータを持っています。一方で、私たちの経験も共有し、近年わが国で活発に発展している老年医学システムをご紹介していきます。日本の皆さんとは、経験や技術を共有し、今後も協力が続けられればと思います。」

荒井氏も「ロシアから人を送りたいという要望があれば可能な限り受け入れたい」と話し、今後もロシア側と協力する意向を示している。
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