「Sputnik Arabic」はこれまで一度も、Facebookから投稿内容に関する警告を受けていなかった。今回の更新停止措置の理由についてFacebook側からは「内部基準に反した」という以上の詳しい回答は得られていない。山本氏によれば、今回のようにある程度名前の知られたメディアが影響を受けるケースはあまりないが、Facebookのブロック自体はよくある現象だと言う。
山本氏「ブロックされた理由が開示されることはほとんどありません。問い合わせても、Facebookが定める基準に抵触したという一般的な回答しか返ってこないケースが大半です。ブロックの理由が『グレー』であることが実はポイントです。一般論として、基準を曖昧にしておくということは、何らかのパワーを行使する上では理にかなっていると思います。コントロールする側からすると、ユーザーの間にある種の『自己規制』を芽生えさせておくことができるからです。
今回はアラビア語版でしたが、コンテンツが何語であろうと、コントロールできるのはアメリカにあるFacebook本社であり、決定権限はアメリカ本社の意向が強い。ただ『意向』と言っても、ブロックという行為が、人間が明確な意思をもってやっているのか、それともある種のアルゴリズムが自動的に動いているのかは、わかりません。後者だとしたら、後で、ユーザーからの申し立てを受けてブロック解除ということはあり得ます。」
中東におけるソーシャルメディアと言えば、FacebookやTwitterでの呼びかけで人々が結集し民主化運動が広がった「アラブの春」が思い起こされる。山本氏によると、あれから10年以上が過ぎた今も、それらのプラットフォームの人気は健在だ。
山本氏「Facebookのユーザー数は頭打ちで、ユーザーも高齢化し、サービスそのものが岐路に立っています。とは言え中東での優位性は変わっていません。アラブの春が起きた当時は、中間層の人たちがソーシャルメディアに飛びつきました。今でもその名残はあります。中東で連絡先を交換する時はFacebookのメッセンジャーが多く、一般的に使われています。あれだけのユーザー数がいて、他国の人と繋がれるツールは他にありません。Facebookと同じような機能を持った他のソーシャルメディアがないので、プラットフォームを提供する側が力を持ってしまっている。アメリカ国内では、ビッグ・テックが力を持ち過ぎているので、分割すべきだという根強い議論があり、Facebookは筆頭で槍玉にあげられています。」
山本氏は、「アラブの春」当時と比べ、ソーシャルメディアの監視や制限に対する、人々の意識が変化してきたと指摘している。そしてソーシャルメディア自体が、国際政治にとって重要な安全保障のツールへと変化を遂げた。
山本氏「アラブの春の時は、政府がインターネットをコントロールする行為はネガティブに捉えられていましたが、今は、ネット空間が各国の主戦場になり、サイバーセキュリティ対策をしないと、自国の安全保障に責任を持てない時代になりました。これまで規制をかける時には、何らかの言い訳をする必要があったところ、今では『安全』とか『対テロ対策』という大義名分ができ、国際社会で非難されることもありません。中東のみならず民主主義国でも状況は同じで、治安や安全のためなら監視もある程度仕方ない、と受け止められています。」
民主主義的な価値観を守るために、権力にネット上の監視とコントロールを許し、国民の言論の自由を侵害するというのは、一見矛盾している。その「矛盾」が受け入れられるきっかけとなったのは、2016年に起きたイギリスのEU離脱とトランプ米大統領の誕生だ。
山本氏「両方とも、Facebookを主戦場にしながら、投票操作が行われたのではないかとの疑惑が持ち上がりました。例えばEU離脱の時は、投稿後24時間以内のみ閲覧できる『ストーリーズ』にフェイクニュースを出し、ユーザーをイギリス離脱に誘導した、という説がありました。しかし投稿は消えてしまう仕組みなので、Facebookが開示しない限り、どういう層にどんな広告が表示されたかわからず、後から検証しようがないのです。
いっぽう、2020年のアメリカ大統領選挙では、概ね公正な投票が行われたのではないか、と我々研究者の間では評価されています。サイバー軍の活躍で、未然に外部からの干渉を防いだ、というのがその理由です。ということは、選挙という民主主義的な価値観を持つ国にとって重要な政治イベントを公正に行うために、ある種プライバシーを犠牲にしながら、サイバーセキュリティを強化したわけです。そうしなければ選挙が成り立たない、という時代になっているのです。」
今のところFacebook上で「Sputnik Arabic」を再開できる目処は立っていない。山本氏は「FacebookやTwitterは私企業だけれど、事実上は公共財。封鎖されると、ある特定の人や特定の層の言論の自由を奪うこともできてしまう」と指摘する。Sputnikを含む既存メディアは、読者を新たに獲得し、情報を拡散する方法としてソーシャルメディアの恩恵を受けてきたが、今回のように私企業の一存で、ある日突然情報発信できなくなるリスクを負う可能性があることが、改めて浮き彫りになった。