ワリエワはSPでロシア勢の中では最初にリンクに立った。ワリエワはトリプルアクセルは完璧に跳ぶことができず、両足の着氷になってしまったが、にもかかわらず、最高得点を稼ぎ出した。一方、日本の坂本花織は一番最後に出場することになった。
最後に演技をすることは通常難しいとされている。しかもこの北京五輪では、坂本の出る時点でSPの2位と3位は、現世界チャンピオンのアンナ・シェルバコワとアレクサンドラ・トルソワのロシアの2人が占めていたからなおさらだった。
だが、坂本は雄々しくリンクへ出て、順位を一変させた。現在、コーチ業に携わるインナ・ゴンチャレンコ氏は坂本選手は今までの生涯で最高の演技を見せたと高く評価している。
日本の女子選手らは北京五輪までに実に見事にコンディションを整えてきました。これは私も見ていて非常にうれしい驚きでしたね。日本のコーチ陣は本当に素晴らしい御指導をなされました。これは大きな尊敬に値します。私は今まで日本の女子選手の演技はいろいろと見てきましたが、北京での演技にはただただ感嘆するばかりです。どれもがとてもおもしろい。コスチュームも同く見ごたえがあります。
中でも一番難しい立場に置かれたのが坂本花織選手であったことは間違いありません。だって、トリをつとめたのですから。どんなに抽象化したところで、観客席のあのどよめきを聞けば、自分のライバルがどんな演技をしたかは予想がつきますよ。ロシアの女子はトリプルアクセルもクワッドも武器として持っている。これに対抗するのは容易ではありません。ウルトラCの揃った難解なコンテンツに立ち向かわざるを得ないという責任の重さを前にすれば、どんな選手だって潰されそうになる。
ところが坂本は感情の重圧を見事に振り払った。すごく偉いじゃないですか! だって、坂本は力強い演技を滑り切り、3位まで独占していたロシア女子の中に文字通り割って入ったんですからね。坂本のジャンプは見事だった。よい演技要素を安定して演じ切ることができました
坂本は演技後、思わず大泣きした。この涙もまた五輪の重圧がいかに途方もなく大きいかを物語っている。だが自分の仕事を立派に成し遂げた「うれし泣き」であったことは幸いだ。なぜならば日本の女子選手らは、ロシアの女子と十分対等に立ち向かう力をつけたことは今や間違いなく、またそれだからこそ、五輪を観戦する醍醐味はいよいよ増していく。