「着物は生きる助け」モスクワで着物展開催中、ロシア人が日本文化と美の中に見出す癒し

ロシアの着物コレクター、ナタリア・バキナさんのコレクションをもとに、日本研究者のタチアナ・ナウモワさんが監修した展覧会「着物の世界:日常使いから祝祭日まで」が、モスクワ第一東洋美術ギャラリーで3月25日まで開催中だ。3日に行われたオープニングには、日本文化の専門家たちが集合。コレクションの中心である大正ロマンを感じる着物には、大胆で華やかな西洋の花が描かれており、訪れた人の気持ちを明るくした。
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ナウモワさんが仲間とともに着物の展覧会を行うのは二度目。昨年、芸者をテーマにした着物展を行ったところ大成功し、ギャラリー始まって以来の入場者数を記録したため、すぐに次回開催が決まった。今回の展覧会では、着物を鑑賞しながら、日本人が大切にしてきた伝統行事や儀礼について知り、ハレの日やケの日についての理解を深めることができる。
展覧会を監修したタチアナ・ナウモワさん 日本文化や芸術に精通

美しいものは心を落ち着ける

比較的順調に準備をしてきたところ、ウクライナ危機とロシアの特殊軍事作戦開始によって、社会の空気が変わった。ナウモワさんは、展覧会開催に至るまでの心境を振り返った。

「あまりにも突然に、社会全体の雰囲気や、気持ちが激しく入れ替わっていくのを感じました。強く押しつぶされているような、とても動揺した、悲しい気持ちです。そしてこのような条件下で、展覧会を開会することが果たして正しいのか、疑問がわいてきました。結局は、予定どおり行うことを決めました。この展覧会をすることで、来場者の方の心の安寧、少しでも癒しを感じてもらえる手助けができるだろうと思いました。生活は今も続いているし、これからも続きます。私たちが、自分たちの愛している活動を行える、その可能性があるうちは、やらなければならないと思いました。」

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ナウモワさんは、社会の分断や対立があおられていく中で、中立でい続けることの難しさを指摘する。

「もちろん、SNSにはたくさんのヘイト・コメントがあふれていますし、誰かが何かポジティブな内容、またはニュートラルな内容の投稿をしたら、投稿した人のところには「お前は無関心だ」と、両サイド(ロシアの主張を正しいとする人とウクライナの主張が正しいとする人)から批判が集まります。まさに、中立を保ちたいと意識している人のもとに、批判の矢が飛んでくるのです。なので、この展覧会に関する投稿をすれば、もちろんそのような声が出てくるでしょう。でも私はその声を受け止める覚悟ができています。私にとっては、今日ここで、来場者の皆さんに会い、直接顔を合わせて、互いを支え合うことがとても大事でした。」

一枚一枚の着物が心を持っている

バキナさんは、大学や博物館で日本文化についての講義を行ったり、英語を指導するなど、様々な顔をもつ。展覧会で披露されたのは、バキナさんのコレクションのごく一部にすぎない。バキナさんは大豪邸ではなく、普通のマンションに住み、着物専用部屋を設けている。着物は全て思い入れのあるものばかりで、それぞれが心を持っているように感じている。手入れするたび、バキナさんは着物に日本語で話しかけている。
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「コロナの前、貯金を貯めては日本に行ってオークションやアンティーク市などで着物を買い集めていたので、全然お金がないんですよ」と笑う。バキナさんは購入にあたって、ただ美しいだけでなく、日本文化を体現している着物を選ぶように意識している。鑑賞するだけでなくもちろん自分でも着るが、バキナさんの体型はまるでショーモデルのよう。着るときは大量のタオルを身体に巻きつけてバランスを取るのだという。
着物コレクター、ナタリア・バキナさん

「日本文化と着物は、私の人生を助けてくれました。6年以上前になりますが、夫をガンで亡くしたんです。彼はとても若くて…亡くなる2年間は生死のふちをさ迷っていました。辛かったとき、着物と日本文化は、文字通り私の心を救ってくれました。自分が壊れてバラバラになってしまいそうなとき、魂をこめるものがあったのはすばらしいことです。あのとき着物がなかったら、私はどうなっていたかわかりません。」

展覧会の枠内で、ナウモワさんやバキナさんによるギャラリーツアーのほか、ウラジオストクから来たロシアにおける着物研究の第一人者オリガ・ホヴァンチュクさんによる特別講義が行われた。ホヴァンチュクさんは加賀友禅の職人に弟子入りした体験を話し、その時に自作した着物を披露した。また、手毬や組紐のワークショップなど体験型イベントもあり、予約は満員御礼となっている。すでに展覧会を訪れた人からは「数え切れないほど新しいことを知った」「展示品の数々がすばらしかった」と感謝の声が上がっている。
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