岸田首相、シンガポールのシャングリラ・ダイアローグで「平和のための岸田ビジョン」を発表

日本はアジアの外交・安全保障分野での役割を強化していく意向である。6月10日から12日にかけてシンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)に出席した岸田文雄首相は、会議初日、基調講演を行った中で、このような考えを明らかにした。
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アジア太平洋地域の安全問題について話し合われるこのサミットは毎年開かれているが、今回は台湾情勢とロシア・ウクライナ紛争を背景に開かれることとなった。
岸田首相は、「ロシアによるウクライナ侵略により国際秩序の根幹が揺らぎ、国際社会は歴史の岐路に立っています。これは、世界のいかなる国・地域にとっても、決して『対岸の火事』ではありません。本日ここにお集まりのすべての方々、国々が「我が事」として受け止めるべき、国際秩序の根幹を揺るがす事態です」と強調した。
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また岸田首相は危機的な問題を列挙し、とりわけ、台湾でロシア・ウクライナ紛争のようなシナリオが繰り返されること、北朝鮮がミサイル活動を強化していること、さらに、核兵器使用のリスク、航行のルールの違反、南シナ海・東シナ海における紛争、パンデミック後のサプライチェーンの不安定さなどに深い懸念を表した。その上で、首相は、日本はアジアにおける力を背景とした一方的な現状変更には反対であり、外交・安全分野における自らの役割を強化していくと宣言した。
さらに岸田氏は、「わたしは対立を求めず、対話による安定した国際秩序の構築を追求します。しかし、それと同時に、ルールを守らず、他国の平和と安全を武力や威嚇によって踏みにじる者が現れる事態には備えなければなりません」とも述べた。
岸田首相はそれがどの国かについては言及しなかったが、文脈から判断して、これは中国を指しているであろうことは誰の目にも明らかである。
講演の最後に岸田首相は、日本を取り巻く安全保障環境が一段と厳しさを増しているとして、本年末までに新たな国家安全保障戦略を策定すると約束した。
岸田首相が今回の会議で示した「平和のための岸田ビジョン」の5本柱は以下の通りである。
1.
ルールに基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化。とくに「自由で開かれたインド太平洋」の新たな展開を進めること。岸田首相は、東南アジア諸国と太平洋諸国は「自由で開かれた地域」の保障において重要な役割を果たしていると強調し、今後3年間で政府は、20カ国以上に対し、海上法執行能力強化に貢献する技術協力および研修等を通じ、800人以上の海上保安分野の人材育成・人材ネットワーク強化の取り組みを推進すると明言した。
2.
日本の防衛力を強化し、日米同盟を基軸としつつ、普遍的価値を共有する有志国との多層的な安全保障協力を進めていくこと。専門家らは、日本政府が防衛費を現在のGDP(国内総生産)比1%から2%に少しずつ引き上げていくだろうと見ている。また、高市早苗政調会長を始めとする自民党幹部らが主張しているように、紛争が勃発した際に、敵基地のミサイル発射地点に向けた攻撃の可能性を手にする可能性があると見ている。
3.
岸田首相は、「核兵器のない世界」への道はますます困難なものになりつつあると述べつつも、被爆地広島出身で、広島県第1区から衆議院議員に選出された総理大臣として、「核なき世界」の実現に向けても全力で取り組むとした。ちなみに、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は最近、2022年初頭時点で、世界の核弾頭の総数が推計1万2705発となったとし、世界の核弾頭の90%を保有するロシアと米国の核兵器の増加は見られないとしながらも、今後、弾頭数は増加に転じる見通しだと分析している。
4.
国連改革を含めた国連の機能強化に向けた方策についての議論を進めていく。
5.
経済安全保障など新しい分野での国際的連携を強化する。
今回の岸田首相の基調講演について、ロシア高等経済院、世界経済・国際政治学部、国際軍事政治・軍事経済問題部門を率いるワシリー・カーシン氏は、発言の内容にも、「平和のための岸田ビジョン」にも、原則的に新しいものは何もなく、強調したいポイントを改めて明確にしたにすぎないと指摘する。

「今回発表された5本柱は、すでに進められている日本の外交政策を反映したものです。たとえば、防衛力の強化はすでに決定されている問題です。防衛費の増額は決定したことであり、現在その数字についての議論が行われている段階です。中国との軍拡競争に疲弊した米国はすでにかなり以前から、同盟国に対し、自らの地域における安全により大きな責任を負うよう求めるようになってきています。日本はこれに抵抗していましたが、地域のパワーバランスが中国に有利な形で変わり始め、日本もこの問題に関する立場を見直すようになりました。ウクライナ紛争はそのきっかけにはなりましたが、これが主な理由というわけではありません。理由は、中国が軍事力を増強していること、そして自らの利益を果敢に追求していることです。北朝鮮はそれほどの脅威ではありません。というのも、北朝鮮の軍事開発は、現在の体制を維持することを唯一の目的としているからです。その体制の存続が脅かされるような動きさえなければ、北朝鮮がどこかに攻撃を仕掛けることはありません。北朝鮮は実利的な国であり、自ら滅ぼうという国ではありません。地域における影響力を拡大する明確な意図を持ち、生活圏を拡大しようという野望を持つ中国とは違います。次に、核のない世界を目指すというのも、日本の政治家が長年にわたって述べている古くからの、そして事実上、実現不可能な目標です。国連安保理改革による国連の機能強化、これは常任理事国になるという日本の長年の夢を反映したもので、ここでもその実現には、日本を常任理事国にしたくないという中国の壁が立ちはだかっています。また、経済安全保障分野における連携の強化については、サプライチェーンにおける資源とエネルギーの依存を低減するという話ですが、これも日本が常にやってきたことです」。

一方、今回のサミットについて、複数の評論家らが、重要なイベントとなったのは、年次会議全体ではなく、加盟国の国防大臣による二者会談、三者会談だと指摘している。
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たとえば、2019年以来初めて、日本と中国、日本と韓国の防衛大臣が会談を実施した。
シャングリラ・ダイアローグは、ロンドンに拠点を置く独立系シンクタンク英国国際戦略研究所(IISS)が主催する、年に1度開かれる国際安全保障会議で、アジア太平洋地域の28カ国の国防相や関係省庁の長が参加する。過去2年は、新型コロナウイルスの流行で中止されていたことから、今年3年ぶりの開催となり、今回は40カ国から575人が参加した。
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