保守党の新党首となったリズ・トラス氏は、女性では3人目の英国首相となる。
ボリス・ジョンソン前首相とは異なり、トラス氏は、大きな政治的野望は持っていないが、彼女の明確な発言に、アナリストらは、この英国の新首相が、国の偉大さと繁栄を取り戻すことができるのかどうか考えさせられている。
ぼやけた絵
ロシア科学アカデミー欧州研究所の所長で、ロシア科学アカデミー準会員のアレクセイ・グロムイコ科学アカデミー教授は、リズ・トラス氏が英国の首相の座についたという事実について、予期せぬものだと評している。
「わずか2〜3年前、英国内のアナリストらの間で、首相候補として彼女の名前を挙げた人はいなかったでしょう。もしボリス・ジョンソンが英国の政治界のオリンポス山に向かって長年歩み続け、首相になるという自身の野望を一度も隠そうとしたこともなかったとしたら、リズ・トラスはまったくそれとは異なります。その地位においても、キャリアにおいても、彼女は歴代首相を背景に特に目立つ存在ではありません」
グロムイコ教授は、リズ・トラスを党首に選んだ保守党は、もっとも優勢であるとは言えないと強調する。
「世論調査によれば、英国で現在、2位以下を大きく引き離して支持されているのが労働党です。もし、総選挙が今日か明日にでも行われれば、労働党は保守党に大敗させることができたでしょう。なぜなら労働党は今、与党を15ポイントも上回っているからです。そして与党の指導者だけでなく、首相も総選挙で勝利できないことになるのです。しかし、英国の代議制民主主義システムには奇妙なことがあるのです」
「言葉ではなく、実際に世界を分断する」
トラス氏の主な政策は、グローバルなNATOであり、中国とロシアに対する締め付けである。またトラス氏は、ウクライナにより重要な武器を供与することに賛成している。
グロムイコ氏は、トラス氏の軽率な発言はさらに多くの国々を新たな冷戦に引き込む可能性があるとの見方を示す。
トラス氏は、外相時代から、一度ならずNATOの代表と意見を異にし、また自身がフランスで酷評されたことから、フランスのエマニュエル・マクロン大統領を友人と呼ぶのを拒否した。
一方、アイルランドでも、トラス氏の首相選出には反対の声が上がっていた。
米メディア「ポリティコ」は、「リズ・トラスは全世界に嫌われているのか?」と題した記事を掲載し、その中で、英国とその同盟国、とりわけ西欧諸国、米国、豪州との関係構築における諸問題を予測した。
「就任直後からトラス氏はEUと米国にとって、困難なパートナーとなり、またロシアと中国にとっては敵になるでしょう。トラス氏は、すぐではないにしても数年の間に政治的立場を変更し、自分を2代目鉄の女であるとしたとして知られています。欧州諸国の多くの専門家にとって、このような変化は信じられないものです。これは、サッチャーのパロディーのようなものです。戦車に乗って、タカ派のテーゼを口にしています。米国でも、女性は白か黒かのカテゴリーで思考しますが、トラス氏の立場は、アングロサクソンの政治に不利益をもたらす可能性があるという意見が聞かれています。トランプ氏はNATOの経費の2%を欧州諸国に拠出させようとしていましたが、リズ・トラス氏はすでに3%拠出するとしています。これが、欧州の首脳たちの気に入るはずはありません」
対アジア計画
グロムイコ氏は、日本との関係において、トラス氏はボリス・ジョンソン前首相の路線を継承し、米国とは、グローバルなNATOという考えを促進するため、調子を合わせるだろうと確信している。
グローバルなNATOのアイデアは、新たな加盟国を加えるだけにとどまらず、新たなパートナーを引き入れるというものである。
「トラス氏は、米国に対し、言葉だけでなく、実際に、世界を民主主義と全体主義の陣営に分断するという自身の立場に忠実であることを証明するため、あらゆることをするでしょう。しかし、日本との関係において、重要なプレーヤーであるのは米国です。そこには経済分野における大きな相互依存があります。英国は端役にしかなれません。しかも、近いうちに、トラス氏は国内問題の解決に行き詰まることになり、外交で新たな決断を下すのは難しくなるでしょう。また英国はロシアと中国との関係について、主に声明を出したり、発言を行うことで、状況を悪化させることしかできません」
問題を孕んだ時期
グロムイコ教授は、トラス氏は英国を上昇させるのではなく、下降させる動きのなかで首相になったと指摘し、今後2年は、非常に苦しい時期になるだろうと見ている。
「金融・経済分野に詳しい対抗馬のリシ・スナク氏と異なり、トラス氏は今のところ何の公約も掲げていないポピュリストです。ジョンソン氏が首相に就いていたこの2〜3年で、英国の経済指標はそのほとんどが下降しました。現在、英国は経済においてG7の中で最下位となっています。英国の10の企業のうちの6社―何より、電力やガスに依存する企業が稼働を停止する可能性があります。また数ヶ月のうちに、英国では現在の数倍の電気料金を支払うことになります。抗議行動が起こる可能性も高いでしょう」