「後遺症」がもたらす国民感情への悪影響
「日中関係は今も昔も、米中関係のトレンドに大きく左右されます。日中国交正常化交渉が行われていた当時は、アメリカが中国との関係改善を模索していたことを日本政府も理解しており、日中米の共通の敵であるソ連を抑えないといけないという認識がありました。しかし今のように米中が激しく対立すると、日中関係も悪くなります。更に根本的な問題は、国交正常化の後遺症、つまり正常化と併せて重要問題の「交通整理」をしなかったことです。例えば靖国神社問題ですが、靖国とは日本の文化でしょうか、それともA級戦犯を祀る神社でしょうか?前者であれば、人間は亡くなった後は皆同じだから、という文化として尊重し、誰が参拝するのも自由でしょう。後者であれば、ドイツでヒトラーの墓参りに行くようなものですから、やめた方が良い、となります。この解釈について議論すべきでした。周恩来首相(当時)が対日戦争賠償を請求しないと表明し、日本側も喜んだあまり、本来するべき話をきちんと整理しなかったのです。また、尖閣諸島海域の領有権の問題は、中国が日本のものだと認めることはあり得ないため、「解決しない問題」として取り扱い、日中共々触らない約束をしておくべきでした。そうしておけば10年前、石原慎太郎都知事(当時)の主導で国有化することもなく、その後の反日デモにはつながらなかったはずです」
「新冷戦」でも中国には日本が必要
「安倍晋三元首相の二期目在任中は、日中関係は良くも悪くもなく、比較的安定していました。転機となったのは昨年10月の衆院選です。二階俊博元幹事長をはじめ、自民党の「親中派」長老議員のほとんどが権力の中枢から離れ、日中協会会長の野田毅氏に至っては落選してしまった。結果、中国政府は自民党と対話するチャネルを失いました。また、岸田政権下でロシアとウクライナの問題が先鋭化し、完全に「新冷戦」の構図ができてしまったのです。中国はどちら側に着くか、バランスを取ろうと悩んでいます。先日、習近平国家主席が上海協力機構の会合に出席したものの、夕食会を欠席したのもその表れでしょう。中国は経済大国ですが、それを支える貿易はG7に頼っているのが現実です。中国はここ数年来、「戦狼(せんろう)外交」(※対立国に威嚇的な外交)を展開し、アメリカやイギリス、オーストラリアなど、西側諸国との関係を悪化させています。となると、日本は中国にとってG7にアクセスする唯一の窓口なのです。それに加え日本が持つ半導体や工作機械といった高付加価値技術の習得という点でも、中国は日本を必要としていますが、台湾問題などで譲歩する気は全くない。これに対して日本がどう対応するかは、アメリカの出方を見ながら決めていくことになるでしょう」
中国には新しい文化が生まれる土壌がない
「日中国交正常化当時の日本人は、学校で漢文や漢詩を学んだ人も多く、中国に対し憧れを抱き、中国に行けるようになるんだ、万里の長城やシルクロードを見に行こうという、わくわくする気持ちがありました。今の若い日本人は、そんなことには無関心です。中国は、外国人を惹きつけるソフトパワーになり得る、新しい文化を作る力を持っていません。コロナ前の中国人がインバウンドであれだけたくさん日本に来ていたのは、物を買うだけでなく、日本の文化を消費するという面もありました。日本には、中国の足跡を感じさせる古い文化と新しい文化が混在しています。観光客は新しい文化にも魅力を感じているのです」
新時代の日中関係は「よき競争相手」
「災害が起きたら迅速に助け合うような隣人であるとともに、互いが共有するルールに則ったよき競争相手になることです。中国は中国、日本は日本と別々のルールでやっていたら永遠に不安定化します。ここでいうルールとは、例えば知的財産権を侵害しないとか、ハッキングをしないというような、公正な競争をするためのルールのことです。ルールさえ確立できれば日中関係改善の兆しが見えるでしょう。日本と中国、価値観が大きく違う者同士、これから協力できる・できないとは安易に言えませんが、重要なのは、ゼロコロナのために長らく実現していない首脳間の対面での対話を増やし、議論を深めていくことです」