国際石油経済学者でエネルギー分野の世界的な専門家であるマムドー・G・サラメ博士は、「ロシアの原油輸出に対する西側諸国の価格上限には 実行力も強制力もない。したがって、この措置は惨めに失敗する運命にある。ロシア、世界の石油市場、OPECプラス(石油輸出国機構とロシアなどの非加盟産油国からなる)はこの措置を拒むだろう。ロシアは、上限措置を実施するいかなる国や国のグループに対して、原油の輸出を停止すると繰り返し述べている。そうなれば、市場は品薄になり、原油価格はさらに上昇し、ブレント原油価格は年内に1バレル100~110ドル(約1万3600〜1万5000円)にまで急騰するだろう」と述べている。
バンク・オブ・アメリカ(BofA)はブレント原油価格が2023年に1バレル110ドル(約1万5000円)に達すると予測している。BofAは、原油価格への圧力を高める可能性のある追加的なリスクについて警告している。同銀行によると、ロシアが価格協定参加国への原油売却を控えた結果、原油の輸出量が日量100万バレルまで落ち込み、石油価格をさらに押し上げる可能性があるという。この場合、すでに高騰しているブレント原油価格に対して20〜25ドル上乗せされる可能性がある。
OPEC加盟国による供給停止やOPECプラスが減産を実施する可能性は、世界のエネルギー市場の不確実性をさらに高める恐れがある。OPECプラスは、ブレント原油価格が100ドル以上となることに関心を寄せている。サラメ氏によると、ロシアを除く各国は、予算均衡のために原油コストの上昇を必要としている。
サラメ氏は、「市場が上限措置に反応しなかったという想定外の事態になれば、OPECプラスは価格と供給の安定を確保するために減産を行うだろう」と述べている。
これに先立ち、産油国23カ国は12月4日に会合を開き、生産政策の方向性について協議し、2023年末まで日量200万バレルの減産という従来の方針を堅持することで合意した。
金融・政治評論家のトム・ルオンゴ氏は、「原油価格が上昇するのは明らかだ。だから、2023年には、エネルギー価格の上昇、中国の経済再開による金属価格の上昇圧力、『EUの元素周期表戦争(ロシア産肥料の輸出禁止)』によって引き起こされる食糧不足に基づくインフレの大波がまた来ると予想される」と述べている。
G7のロシア懲罰計画はなぜ失敗するのか
サラメ氏は「もし、ロシアの石油輸出による収入を減らすことが目的だとしたら、この計画は完全に失敗するだろう」と述べている。
「ロシアには原油の買い手がいないわけではない。しかも、ロシアは世界中に原油を運ぶためのタンカーを大量に保有している。ロシアは、原油の輸送に欧米の船会社や保険会社を使う必要はない。顧客は、ロシアから輸入する石油に対して独自に保険を用意する。たとえロシアの石油販売量が多少減っても、原油価格上昇の恩恵を受けることになるので、収入は減らないのだ」
G7の計画は、ロシアが原油を1バレル60ドル以下で売ることに同意しない限り、船会社や保険会社がロシアにサービスを提供することを禁止するというもの。一方、ロシア政府はG7の要求には屈しないと明言し、自国のタンカー船団と保険会社を活用するとしている。
5月には、ロシアの 2 大石油生産会社である「ロスネフチ」と「ガスプロム・ネフチ」が、原油の海上輸送を専門とするロシア最大の海運会社「Sovcomflot」のタンカーの予約確保を増やし始めた。
さらに、欧米の主流紙は12月、ロシア政府がさらに100隻の船舶を取得したと報じた。ロシア国家再保険会社(RNRC)と「インゴストラフ(ロシア外国保険会社)」がロシアの石油運搬船にとって主要な保険会社になるといわれている。
G7による価格上限措置と同じく5日に始まった欧州連合(EU)のロシア産原油の海上輸入禁止は、ロシアが石油の輸出や輸送をする上で、大きな抑止力にはならないだろうとルオンゴ氏は述べている。
上限価格設定で勝つのは誰? 敗者は誰か?
サラメ氏は、ロシアは勝者の側に立つ一方、EUは敗者となる可能性があると見ている。欧州市民の生活レベルはすでに落ち、経済は厳しい後退の瀬戸際にかろうじて均衡を保っている状態だからだ。
サラメ博士は、最終的にはEUは米国の地政学上の企みの犠牲となったと指摘している。米国がロシアとウクライナの紛争に金を注いだ目的は、ロシアを弱体化させ、露中の結束を壊すためだけではなく、「連合体としてのEUを崩壊させ、ポーランド、ラトビア、エストニア、リトアニアのような、米国の家来、マリオネットである、個々のメンバーにしてしまうため」だとサラメ氏は見ている。
ルオンゴ氏は、「EUはエネルギー価格の高止まり、投資不足による資本流出、通貨下落に直面するだろう。なぜなら国際市場におけるEUの競争力は瓦解するからだ」も繰り返している。
印デリーの国立国家金融政治研究所のフランジャリ・タンドン助教授は、上限価格を設けるというG7のイニシアティブはこの先、世界経済に否定的影響を及ぼしかねないと危惧感を表している。
タンドン氏は、原油価格が高騰することで、格差の拡大に取り組む諸国は政治的困難に見舞われ、世界経済のは回復しにくくなるだろうと指摘している。タンドン氏がさらに指摘するのは、欧州陣営での分裂の激化だ。欧州各国の政治家は、EUがユーロ圏の景気後退とエネルギー危機の中で一貫性に欠くエネルギー政策をとることについて有権者に説明を迫られるだろうことだ。
「エネルギー価格の高騰で政治的緊張が生まれるだろう。なぜなら国内の消費者ら、産業界は価格の安定を求めているからだ」タンドン氏はこう説明している。
「これは事態をさらにエスカレートさせる恐れがある。なぜなら被る影響は国によって異なるからだ。それにギリシャ、ドイツといったEU諸国にとっても影響は出る。これらの国はロシア産原油の輸出が減ることで収益が減るからだ」
だが、専門家らは被害が出るのは米国も同じだと指摘している。サラメ氏は、米国は日量900万バレル超の石油輸入により高い支払いを払うことになり、これが原因で予算不足が拡大し、インフレが進んで、景気後退が始まると予想している。
タンドン氏の予測では、とどのつまりは、G7は自分らの始めたエネルギーの危ない賭けに高いつけを払い、経済危機をエスカレートさせることになる。