ベネット氏への取材と地下壕に潜伏のゼレンスキー氏の復帰
ベネット氏がイスラエル人記者のハノフ・ダウム氏からのインタビューに答えた動画は2月5日、You Tubeに公開された。その中でベネット氏は、自分がプーチン大統領とウクライナでのロシアの特殊軍事作戦が始まる前の2021年と、2022年の作戦開始直後にコンタクトした際にどんな話があったのかを明かした。
ベネット氏は、ゼレンスキー大統領は特殊軍事作戦の開始後、ロシアのプーチン大統領とコンタクトがとれるようベネット氏に便宜を頼んだことを明らかにした。ベネット氏は、自らプーチン大統領と会った後、地下壕に隠れていたゼレンスキー氏に電話し、プーチン氏はウクライナ大統領を抹殺することはないと約束したと伝えた。この救命の確約が伝えられるまで、ゼレンスキー氏は地下壕から出なかったとベネット氏は語っている。
命拾いの確約を得た後、自分のオフィスに姿を現したゼレンスキー氏は大統領執務室で、「私は恐れない」と題した自撮り動画を撮影したという。
2月6日、ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ公式報道官はベネット氏のインタビューに言及し、ベネット氏はイスラエル首相のポストにいた間、ロシア大統領とは「極めて緊密な対話」を行っていたと指摘した。ただしペスコフ氏は、プーチン大統領と当時のイスラエル首相との間の交渉の詳細については、ロシア政府は明かす気はないとしてそれへの質問を退けている。
交渉は決裂
ベネット氏はロシアの特殊軍事作戦はウクライナがNATO加盟を意図したがために始まったと考えている。だが、軍事作戦の初期段階のベネット氏が仲介した交渉では、ゼレンスキー氏にはNATO加盟を断念する覚悟があった。しかもウクライナとロシアはある程度の譲歩をしようとしていたのだが、欧米の仲介者側から「プーチンを叩き潰す、交渉はしない」決定が下されてしまった。これによって、交渉は打ち切られ、危機は深刻化してしまった。
ベネット氏の話によると、独も仏も紛争解決のために妥協を模索したほうがいいと言ったが、当時の英国のボリス・ジョンソン首相は逆に攻撃的な策を支持したという。ベネット氏のこの弁は、ジョンソン元英首相が2022年にキエフを訪問した後、ロシアとウクライナの交渉がとうとう決裂したことを示している。
ゼレンスキーの地下壕 以前にもこんな言及が
ゼレンスキー氏の地下壕についてはロシア外務省は以前にすでに言及している。ウクライナ保安庁の声明について、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官はゼレンスキー氏の地下壕を捜索することを示唆した。ザハロワ報道官のこの提案は、ウクライナ保安庁がキエフ・ペチェールシク大修道院の敷地を「捜索しに来た」後に行われた。ウクライナ保安庁は「防諜」のための設置を完了した後、「親露派の文献」を見つけたと発表し、さらに、大修道院の礼拝で「ロシア賛美」の歌が歌われたことを咎め、刑事事件としてこれを立件した。
「ゼレンスキーの地下壕の中を捜索できたらいいんですけどね。探したら一体何が出てくるでしょうねぇ?」ザハロワ報道官は自身のテレグラム・アカウントにこう書いている。
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