ロシア版大河ドラマ「ゾルゲ」
主人公のゾルゲは、ロシアの国民的俳優アレクサンドル・ドモガロフさんが演じた。ゾルゲの愛人「石井花子」は、2022年7月に38歳の若さで病死した中丸シオンさんが演じている。このほか、ゾルゲを執拗に追跡・捜査する特高警察の「大崎少佐」を演じた山本修夢さん、ゾルゲのボディーガードにあたる「高木」を演じた木下順介さんなど、日本人俳優も登場する。
ドラマと歴史ドキュメンタリーが融合した作品
ドラマ「ゾルゲ」は「スパイを愛した女たち リヒャルト・ゾルゲ」という邦題がつけられた。東京・新宿のK's cinemaで2月25日から3月10日までの期間限定で上映されている。筆者は第1話・第2話の上映日に映画館へ足を運んだ。上映は午前10時開始と朝早めだったが、約80席ほどのミニシアターは7~8割程度の観客で埋まっていた。
伝説的スパイを主人公としたドラマだけに、終始緊迫感があった。また、実際の歴史的事件への言及があるのはもちろん、当時の記録映像も挿入されており、歴史ドキュメンタリーのように見る者を引き込む力があった。
「ロシアで一番モテる俳優」との理由から配役されたというドモガロフさん演じるゾルゲは、ジェントルマンそのもの。タバコをふかす姿が印象的なゾルゲは常に落ち着き払い、常に女性を尊重する。一方で、山本さん演じる大崎少佐は対照的。常に神経質で部下に厳しく接する日本の少佐の姿は、ギンズブルグ監督がインタビューで答えていた信念、すなわち「日本人でなければ日本人の根底に流れるものを演じられない」という信念が反映されていたように思えた。
日本は既に超現代的な都市になってしまったため、戦前の東京の雰囲気を再現すべく中国・上海がロケ地に選ばれた。しかし、我々日本の観客は「昔の上海の街並み」といった雰囲気をすぐに感じ取り、やや違和感を覚えたかもしれない。
日本の観客の感想は?
上映後の取材に応じた観客の感想を紹介する。
「カメラワークや目線など細かいところまで注意が行き届いており、見ていてぐいぐいと引き込まれるようなドラマだった」
「山本さんの役柄がピッタリだった。これから(第3話以降)ゾルゲと大崎少佐の物語が進んでいくと思われるので、続きを見るのが楽しみ」
「1930年代を知らないが、歴史的な背景、当時の国際的な状況をよく分析して作られている」
一方で「東京で撮影できたらもっと良かった」との声もあった。
念願だった東京での舞台挨拶 今は亡き仲間とともに
筆者が鑑賞した3月4日は3度目となる舞台挨拶が行われ、大崎少佐を演じた山本修夢さん、アソシエイトプロデューサーとして撮影に立ち会ったクロチキナ・ナターリアさん、歴史作家の田中健之さんが登壇した。
山本さんは冒頭、「『スパイを愛した女』石井花子を演じられた我々の仲間である中丸シオンさんが、昨年亡くなられました」と報告。以下のように中丸さんの思いを代弁した。
「彼女は誰よりも日本での公開を望んでいたものですから、今日はとても喜んでくれていると思います。今日はここに一緒に立って、皆さんに満面の笑顔でご挨拶してくれていると思います」
また、山本さんは「日本人、ロシア人、ドイツ人、中国人、韓国人、カザフスタン人など、さまざまな国の人で溢れていた」という撮影現場の様子をこのように振り返った。
「1シーンでもさまざまな言語が飛び交うような状況に最初は戸惑いましたが、重ねるうちに言葉は手段であって、思いのようなものを交流させることが芝居の本質なのではないかと思いました。最も大事なのは、その役柄としてそこで生きているということ。この撮影での日々は、自身の人生の礎であり、財産です」
また、上海の撮影現場でプロデュースと通訳を務めたクロチキナさんも「ドモガロフさんと中丸さんのシーンでは徐々に通訳が不要になっていきました。それが奇跡のようなもので、この作品の素晴らしいところでもあります」と力説した。
歴史作家の田中さんは「本来であれば日本は敵国ですが、5月9日の戦勝記念日にはロシア大使館職員だけでなく、日本の自衛隊の情報関係者も多磨墓地にあるソルゲのお墓参りに行きます。敵国の情報機関までもゾルゲのことを尊敬しています」と指摘。その理由については、第3話以降を見ればわかるという。
第1話・第2話では、ゾルゲと諜報団のメンバー、ゾルゲと大崎少佐、そしてゾルゲと花子の物語はまだまだ始まったばかり。上映場所や期間はごく限られていたため、今回の機会を逃してしまった方、ゾルゲの日本での活動に興味のある方は、同時販売されたDVD-BOXの購入を検討し、鑑賞してみてはいかがだろうか。
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