【解説】懸念と疑問を呼びおこす原発処理水の海洋放出

福島第一原発の処理水の安全性について、日本政府はその安全性を繰り返し訴えているが、しかしそれでも日本の専門家たちは太平洋への放出には反対を唱えている。環境学者らは、処理水は原発から出た汚染水を浄化したものでほぼ安全なものだとしつつも、その処理水を海洋放出することは、安全性に対する懸念から、そこで漁業を行う人々に大きな損害を与えるものだとの見方を示している。
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この処理水が実際にはどれほど危険なものなのかを客観的に評価するため、そしていかにして日本の漁業者はいかにしてロシアなしにこの危機から抜け出そうとしているのかについて知るため、「スプートニク」がロシアと中国の専門家に取材した。

正確なデータなしに、学術的な予測は立てられない

「スプートニク」はまず、オブニンスク原子力工科大学教授で、工学博士で、国際原子力教育センターの所長で、クルチャトフ研究所の研究員を務める核物理学者のヴィクトル・ムロゴフ氏に最初の質問を投げかけた。
ムロゴフ氏は、福島第一原発の処理水の海洋放出がどれほど安全なものかについて正確に予測するには、信憑性のある数字で示された学術的なデータが必要であるとして、次のように述べている。

「放射能の安全性というテーマをめぐっては、さまざまな推論があります。たとえば、チェルノブイリを海洋に放出しても、人類はこれに気づきもしないというものがありますが、実際のところ、その被害がどのようなものになるのかは、それが行われる場所における、具体的な量、具体的な有害物質の分解に左右されます。

こうしたデータを数値で見る必要があるのです。具体的にどれくらいの量をどのくらいの水量に放出するのか、そして具体的にどこでそれを行うのかという詳細です。海洋放出について分析を行い、具体的な予測を立てるにはこれらすべてが必要です。こうしたデータを目にすることなく、処理水の海洋放出による世界的あるいは国内での結果、影響について予測を立てることには意味がありません。それは本質として、「コーヒー占い」のようなものになってしまいます。なぜなら、問題はきわめて客観的かつ時系列で見る必要があります。福島第一原発から1キロの地点ではどのような害がもたらされるか、原発から100キロ離れた海域ではどのような影響が起こる(あるいは起こらない)かを調べなければなりません。

つまり、その影響や被害は、具体的な学術的データによって、まったく変わってくるのです。なぜなら、処理水は1000キロメートルにわたる範囲に広がると考えられていますが、実際には広大な海域で1000キロメートルもの距離を移動しながら放出を行うわけではありません。放出は沖から100メートルあるいは最大でも1キロメートルの地点で行われるでしょう。ですから、この作業には必ず研究者や環境学者を参加させる必要があります」。

ヴィクトル・ムロゴフ氏
専門家
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漁業への打撃

一方、中国の専門家で、遼寧大学日本研究センターの客員研究員でもあるチェン・ヤン氏は、処理水の海洋放出は福島県と隣接する地域で、3つの局面で影響を及ぼすだろうとの見方を示している。
何よりも被害を受けるのは漁業の発展であるとチェン氏は述べている。

「福島県の沿岸線は北から南に延びており、福島の海は寒流と暖流が交じる潮目に位置しているため、水産物が豊富で、漁業や水産加工業が発達しています。つまり、漁業と水産加工は福島の人々の重要な収入源なのです。汚染水の放出は福島およびその近隣地域の漁業の発展に直接的な影響を及ぼすでしょう。第一に、その影響は国民の生活状況と収入に及びます。環境への害については言うまでもありません」。

チェン・ヤン氏
専門家
すでに現在、原発の処理水が放出される福島の沖で獲れた海産物を人々は無償でも買わなくなるのではないかという懸念がある。なぜなら、店に行けばいつでも、安全な地域で獲れた魚を買うことができるからである。
つまりこれは、福島の漁業者たちが、廃業の危機に備える必要があることを意味するのだろうか。そしてもしそのような懸念があるなら、原発の処理水の海洋放出に関する決定を下す際に、漁業関係者らの考えは考慮されたのかという、当然の疑問が湧いてくる。漁業で必要となる経費や損害に対する賠償支払いに関する具体的な案が提示された可能性もある。
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悲劇的なことは起こらない、国の援助がある

一方で、ロシア科学アカデミー中国・アジア諸国研究所の日本問題の主任研究者、オレグ・カザコフ氏は、日本の漁業者たちが恐れることは何もないと指摘する。

「日本では、実際、何らかの事情で、否定的な影響を受けた人々に対する損害賠償制度というものが広く普及しています。その支援は、外からの影響により、何らかの損失を被った企業に対しても行われています。企業の資金繰りを助けたり、倒産から救い、企業の以前のように立て直すのを支援するというのは、日本においてはまったく普通のことです。しかも、日本ではごく一般的に行われていることです。日本の財政システムではこのような支援策が行うことが可能なのです。

日本の戦略は、今、そうした企業を助ければ、明日、国に利益をもたらしてくれるという考え方のものなのです。ですから、福島の漁業が衰退するなどという問題は起こりません。とはいえ、多くの人々が事故の後、避難を余儀なくされたことから、こうした市民の問題は解決する必要に迫られるでしょう。しかし、人々も次第に戻りつつあり、少しずつ復興は進んでいます」。

オレグ・カザコフ氏
専門家
一方、日本の漁業者たちがすでに、貴重な魚や水産物の捕獲において大きな問題を抱えることになるだろうと危惧しているという重要な事実を無視するわけにはいかない。
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「安全な漁業」は危機に陥るのか

まず、ロシアが、1998年に日本との間で結んだ「北方四島」周辺海域での日本漁船の「安全な操業」に関する日露漁業協定について、交渉を行わないと決定した。
これについてカザコフ氏は、しかし、「安全な操業に関するロシアとの交渉は、福島の漁業の発展にはなんの影響も及ぼさないだろう」と指摘している。

「福島とクリル諸島(北方四島)とは何の関係もありません。ですから、この問題は互いに何の影響も及ぼしません。これはまったく異なる地域です。露日関係において漁業に関するテーマはかつては相互に利益のあるものという位置付けでした。福島と何らかの関係があるとしたら、ただ1つ。それはもしも、福島県での漁業が完全に復活すれば、事実、北海道で操業している企業が被りうる損失を部分的に補填できるかもしれないという点です。国全体の捕獲量が増えるからです」。

オレグ・カザコフ氏
専門家
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信頼を失うリスクはあるのか

この問いについて、中国の専門家、チェン・ヤン氏は、この問題のもう一つの重要な側面を指摘している。
それは、処理水の海洋放出が、日本や日本政府に対する信頼に影響を与えるということである。

「福島の処理水の海洋放出についての提案が日本で初めて明らかになったとき、反政府的な機運が高まりました。2月19日付けの日本の「毎日新聞」に掲載された世論調査の結果によれば、汚染水の放出に関する政府の決定について、回答者の62%が、説明不足だと考えていることがわかりました。

政府の説明で十分に理解できたと答えたのはわずか20%でした。また東日本大震災から12年目を迎えた3月11日、多くの日本人が、東京電力本社や首相官邸の前に集まり、横断幕やプラカード、チラシを手に、処理水の海洋放出に対する抗議をおこなっているのを目にしました。こうした出来事は、日本政府の決定が支持されていないことを物語るものです。もし、この決定を今後も主張し続ければ、政府への支持率はかなり低下するでしょう」。

チェン・ヤン氏
専門家
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受け入れ難いのは精神的ダメージとイメージダウン

一方、オレグ・カザコフ氏は、福島の悲劇は今、実際、日本人にとっての「痛み」になっていると指摘する。

「福島第一原発の事故は日本人のメンタリティーにとっては到底受け入れられない影響を引き起こしました。なぜなら原子力にまつわる事故が起きたからです。日本人というのは、自分の国のステータスというものにとても敏感なのです。

それは『原爆投下』という経験をした唯一の国だからでしょう。福島の原発事故は国民にとって新たな『原子力のショック』となりました。しかも福島の悲劇は観光をはじめとする日本経済にも大きな打撃を与えました。それまで日本は常に、安全な国と考えられていたのです。それが突然、被曝を恐れて、多くの観光客が日本から離れていきました。これも大きなショックを招きました。そして『福島第一原発』事故後のこうした否定的なイメージは今も、そして今後も続いていくでしょう。事故で発生した問題がすべて取り除かれるまで、です」。

オレグ・カザコフ氏
専門家
そこで、「福島第一原発」の事故に関する政府のあらゆる行動は、過剰な反応を呼び起こすものとなるだろう。

福島の問題は、国内問題から地域問題へ

オレグ・カザコフ氏は、そしてそのような反応は日本社会のみならず、その他の国の反日勢力からも見られるようになるだろうと推測する。

「なぜなら日本の行動は、単なる国内問題としてではなく、国際的な意味でも評価されているからです。特に、日本との関係において何らかの不満を持っている国はそうでしょう。そうした国々は、福島の問題に常に注目することになります。処理水の海洋放出に関する問題が出てきた今、この問題が主要なものになっていく可能性も除外できません。とはいえ、この問題はきわめて科学的なものです。研究者たちは、地域の沿岸部の環境にどのような被害がもたらされるのかについて、明確な解答を出す必要があります。日本はこのことを十分理解しています。そこで、自国にとって、また日本の漁業にとって、最大限に正しく、最大限に安全な方法をとるでしょう」。

オレグ・カザコフ氏
専門家
カザコフ氏は、なぜなら日本政府は国の経済に損害を与えるような行動をとることはないからだと指摘している。

「つまり、海洋放出の監視に関する機関との交渉は、きわめて政治的なものになっています。日本は、この決定について、否定的な見方が多いことを認識しています。ですから、日本政府はこの問題について、IAEA(国際原子力機関)や世界の原子力の専門家と緊密な協力を図っています。一方で、このプロセスにおいて、この問題に対するそれ以外の影響を避けようともしています。特に政治分野での影響です」。

オレグ・カザコフ氏
専門家
このように、世界は、「福島第一原発」をめぐる問題がゆっくりではあるものの、次第に解決されているのを目の当たりにしている。そして日本政府はこの傾向を維持するべく努力している。(海洋放出を原因とする)日本にとってきわめて好ましくないイメージもいつかは消えるだろう。福島の問題は少しずつ解決され、それほど重要でないものになっていくかもしれない。
しかし、中国の専門家はそれほど簡単なことではないと指摘する。チェン氏は、海洋放出は、日本の食品に対する市民の偏見と懸念を強めることになるだけだとの考えを示している。
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投資は不透明だが、制裁は十分あり得る

一方で、福島県やその他の被災地の経済発展や、企業及び団体に対する投資には、間接的な影響があるとチェン氏は言う。

「つまり、これは将来的な日本の発展に多大な影響を及ぼします。中国は、日本に対し、すべての国の法的利益を認めさせ、自国の義務を善意を持って遂行させ、国際的な厳しい監視を行わせ、なおかつ放射能に汚染された水を、科学的な方法で、オープンで透明かつ安全な方法で廃棄するという責任を負わせるため、国際社会と協力を続けていく必要があります。

また同時に、中国は、周辺海域のモニタリングを強化し、海洋放出が実際に行われた場合の緊急事態に備えた計画を練る必要があります。潜在的に、中国の漁業者も被る可能性がある被害について言えば、中国は国際司法裁判所に訴えを起こし、日本政府から然るべき賠償金の支払いを要求する可能性は十分にあります」。

チェン氏
専門家
またチェン氏は、中国は、日本に対し、制裁の導入について検討する可能性もあるとし、考えられるのは、福島周辺で生産された農産物、木材、海産物の輸入の制限を設けるなどの措置であると述べている。
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