ネベンジャ氏によると「当初、安保理の今日(20日)の作業プログラムでは、スーダンの統合移行支援ミッションに関する会議があった。その後、西側の代表団から『北朝鮮のミサイル発射にまつわる議論の後、20日に会合を予定するように』という要請があった」とのこと。
同氏は「米国によるイラク侵略20年について、我々は『その他』のセクションで議論する予定だった。スーダン会合を続けるしかないと知るや否や、彼らは北朝鮮会合を先に行い、その後にスーダン会合を行うべきだと主張し、手続き上での汚い工作を始めたのだ」と非難。
「そうすることで、『その他』のセクションで行われる我々の議論の効果をぼかそうとしたのだろう。というのも、このようなシナリオでは昼休みと重なるのは明らかだからだ」と補足した。
ネベンジャ氏は「米国はイラクでの犯罪を暴くことに興味がないのだ」と指摘した。
2003年3月20日、米国率いる対イラク連合の軍事作戦「Shock and Awe(衝撃と畏怖)」(後の「イラクの自由」作戦)が開始された。侵攻の理由は、イラクのサダム・フセイン政権(当時)と国際テロリズムの関係や、イラクが大量破壊兵器を保有しているという米中央情報局(CIA)の情報だった。しかし、最終的に証拠は見つからなかった。イラク侵攻は国連の承認を得ずに実施された。この戦争は、10万人以上の民間人の死につながり、スンニ派とシーア派の対立を悪化させ、イラクに混乱をもたらしたイスラム国(ロシア連邦で活動が禁止されているテロ組織)の台頭に道を開くことになった。
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