必要なのは特別なTNT
そもそもなぜ、日本でこの爆薬を調達するという問題が浮上したのだろうか。2022年、世界におけるこの爆薬の製造量は1650万トンとなっている。しかしこの爆薬は、軍事分野だけでなく、工業など幅広く、使用されているものである。鉄鉱石、石炭など鉱物資源の採掘は爆薬の使用なくして行うことはできない。爆発によって、岩石を破壊、粉砕するのである。爆発によって、岩石を破壊、粉砕するのである。また建物を短時間で解体する際にも爆薬が使用されている。これほどの生産量があれば、TNTの調達に問題はないように思われる。
しかし問題は、民間産業と軍需産業とでは使われるTNTの質が異なるということである。TNTの製造に際しては硫酸と硝酸が残るが、砲弾に使用するには、精製されたTNTが必要とされる。第一に、精製されていないTNTは時間の経過とともに部分的に液体と化す。砲弾に使用するのにこれは大変危険である。なぜなら砲身の中で弾薬の爆発を引き起こす可能性があるからだ。第二に、精製TNTは精製されていないものよりも遥かに強い爆発力を持っている。これは砲弾を製造するにあたり重要なことである。
つまり、調達されることになるのは、砲弾の製造に適した精製TNTである。米国でもTNTは製造されているが、精製のための工場が経費削減などを理由に閉鎖されているものと思われる。民間の消費者が購入するのは未精製のTNTであり、米国内の砲弾の製造は最低レベルで維持されている状態である。ウクライナでの戦闘が開始されるまで、米国では1カ月、1万4400の砲弾が製造されていた。M777榴弾砲で使用される155ミリ榴弾M795には10.8キロのTNTが充填されている。1カ月に必要なTNTは155.5トン、年間にすると1866トンである。軍需産業との関係を持たない爆薬の製造者はTNTの精製は行っていない。
砲弾があまりにも少ない場合
米国は30年にわたって戦争を行ってきたが、その中で多用してきたのは空爆とミサイルである。榴弾砲はそれほど重要な役割を果たしておらず、積極的に使用されたのはアフガニスタンだけである。しかし2022年、米国はウクライナの支援を開始した。ウクライナ軍は非常に大々的に榴弾砲を使用していることから米国は155ミリ榴弾砲M777と砲弾をウクライナに供与した。
しかし、それに伴い、この砲弾の在庫と製造量がきわめて少ないことが判明した。2023年4月の統計によれば、米国はウクライナにM777榴弾砲160門と150万発の通常弾と6500発の誘導弾を供与した。しかしウクライナ軍は1日に7000〜9000発の砲弾を消費しており、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は欧米に対し、さらなる砲弾の支援を要請してきた。
米軍は1カ月あたりの砲弾の製造量を1万4400発から2万4000発に増加するため、14億5000万ドルを投じた。しかし、それでも不十分であることが判明した。米国で1カ月に製造される砲弾をウクライナ軍は3日で消費するからである。計画では、2028年までに1カ月の製造量を8万5000発まで増加することにしているが、これでTNTの製造には限度がくる。2023年、米軍はTNTやその他の爆薬の製造工程を刷新するため25億ドルを使用する計画である。
M777榴弾砲の大部分は既に無人機の攻撃により撃破されている。これらの兵器は優先的な標的となっていたのである。また米国の弾薬の大部分が、ロシアの空爆により弾薬庫で殲滅されている。
TNTの供給は参戦である
ただ忘れてはいけないことは、武器や弾薬の製造を目的とした物資や爆薬の供給は、一種の参戦の形態だということである。たとえば、第二次世界大戦中、米国はレンドリース法によって、ソ連に大量の武器、兵器、弾薬、設備を供与した。TNT12万3100トン、火薬12万7000トン、雷管90万3000、その他弾薬の製造に必要な化学物質84万2000トンを含む合わせて34万5700トンの爆薬が供給された。
つまり、日本が米国に、弾薬の製造に必要な精製TNTを売却することを決断するということは、実質、日本がウクライナ戦争に参加することを意味するのだ。そうなれば、自衛を政策に掲げる日本の立場は、控えめに言って、疑問視されることになるだろう。