【ルポ】被爆者の苦しみ伝えたい モスクワで広島長崎の悲劇を表現した紙芝居パフォーマンスを上演、涙と静寂に包まれた会場

7月31 日、モスクワの現代芸術センターで開催されたビエンナーレ「Artmossphere」の枠内で、紙芝居パフォーマンス「広島の8月、長崎の灰」が上演された。プロジェクトを考案したのは、オブラスツォフ記念国立アカデミー中央人形劇場の俳優、マキシム・クストフさん。同劇場の女優エカテリーナ・マレチナさんとともに、原爆が投下された後に一般の市民が直面した悲劇を、紙芝居や被爆体験の朗読、劇、音楽、歌を通して総合的に表現した。訪れた人は、涙を浮かべながら真剣に見入っていた。
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パフォーマンスは、原爆投下前の広島の町の紙芝居からスタートする。観光ガイドに扮したマレチナさんが広島の魅力を紹介する。紙芝居枠の中には、大通りを行き交う大勢の人々や広島港、のちに原爆ドームとなる広島県産業奨励館の写真が入っている。それらの写真はテンポよく抜かれていき、町の活気が伝わってくる。
広島への原爆投下を紙芝居で再現
8月6日、広島の町は一変。きのこ雲が現れる。そして9日、長崎にも原爆が投下される。この短期間に長崎へと逃げ、広島と長崎で二重に被爆した人がいた。そのうちの一人として、三菱重工業長崎造船所の技師だった山口彊(つとむ)さんのストーリーが紹介され、そのほかの被爆者の体験談も、息つく間もなくどんどんと読み上げられていく。観客席の一般人も演者となり、その場で割り当てられた文章を読んでいく。自分も、被爆を体験した一市民のような気持ちになってくる。
クストフさんは、2年前に本格的に紙芝居を始めてから、探検物語や、鶴の恩返しなど、冒険や愛といった主題を取り上げてきた。今回初めて、デリケートなテーマに挑戦した。いつもの紙芝居のように絵を使うのではなく、あえて実際の写真と映像を使うことで、ドキュメンタリー的な側面をもたせ、観客に、これが本当に起こったことであると再認識させた。

「ビエンナーレの参加案内が来たとき、直感的に、広島長崎で核兵器の大きな被害を受けた人々についての話にしようと思い、そこに全く迷いはありませんでした。脚本を書くにあたっても、これもある意味、直感的に行うことができました。このパフォーマンスは全部で3回上演したのですが、1度目の上演の時、大雨が降り、路上で行う予定だったところ、急遽建物内に場所を移すことになりました。しかし、むしろ場所の方から私たちを選んだのだと思います。この現代芸術センターはかつて、19世紀前半から20世紀末まで操業していたワイン工場でした。そこをリノベーションしたのです。私たちがパフォーマンスを行ったこの空間の壁の向こう側には、防空壕があることがわかりました。今では使われていませんが、ソ連時代に核戦争を想定して作られたものだと聞いています。

私は日本人の皆さんに見てもらうことに対して、少し不安を抱いていました。このテーマは日本人にとって、とても心の痛いものです。しかし私たちは、日本の被爆者と共に苦しむ気持ち、日本人と日本という国に対する愛をこめて、このパフォーマンスを行いました。それだからこそ、政治や歴史でなくて、まさに人の痛みに焦点をあてました」

マキシム・クストフさん
「広島の8月、長崎の灰」発案者、人形劇場俳優
パフォーマンスでは、石膏で型抜きされた「顔」が効果的に使われた。もともと、被爆者の姿を表現するため人形を使う予定だったが、たまたま石膏の顔が手に入り、クストフさんは、これを使うことを決めた。パフォーマンスの中で、石膏像に包帯が巻かれていく。そしてその顔は、演者の顔と重なっていく。それを見ていると、この悲劇は、普通に生きている市民、私たちひとりひとりの誰にでも起こりうるものであるということを認識させられる。石膏の顔は、まるで能面のように、驚き、悲しみ、怒りといった、様々な感情をはらんでいるように見える。
パフォーマンスの終盤では、車いすにおかっぱ頭の少女が登場する。少女の顔はやはり石膏でできており、微笑みをたたえている。かごの中にはたくさんの白い折鶴が入っており、それを来場者ひとりひとりに渡していく。日本人なら、広島で被爆して白血病のために12歳で短い生涯を閉じた、佐々木禎子さんを思い出すだろう。ラストシーンでは鶴の白い羽がふわっと舞い上がり、会場は静寂に包まれた。やがて、大きな拍手が起きた。クストフさんは、この少女について「もちろんモチーフは佐々木禎子さんですが、世界に希望をもたらす存在として、より広い意味を持たせたかった」と話している。
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被爆者に見立てた石膏のマスク
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折り鶴を配る少女
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羽が音もなく舞い上がるラストシーン
本のデザインを手がけているという観客の女性は「一度だけ、日本に行ったことがあります。その時、被爆者の伝記を購入し、衝撃を受けました。ですからこのテーマは、私にとって近しいものです。全てが融合した素晴らしいパフォーマンスでした」と話した。パフォーマンスでは最初から最後まで様々なBGMが生演奏でかかっており、時には歌が挿入された。音楽は、人形劇場の同僚であるアリサ・マンダリクさんとニコライ・シャムシンさんが作曲し、それぞれボーカルとエレキチェロを担当した。来場した高校生は「音楽の効果が特に素晴らしく、このような悲劇を前にして、感情がどんどん膨らんでいくようでした。もっとこの悲劇について深く知りたいと思いましたし、もっと長い時間、見ていたかった」と話した。
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