イスラエル・パレスチナの紛争激化

紛争激化の全責任はイスラエルの占領政策にあり=カタール外務省

カタール外務省は声明を発表し、パレスチナ・イスラエル紛争の激化についてはイスラエルが全責任を負っており、イスラエルがパレスチナ人の権利を絶え間なく侵害していると非難した。
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カタール外務省はSNSに投稿した声明の中で「パレスチナ人が持つ権利の継続的な侵害、最近ではイスラエル警察の制圧下に置かれた聖なるアル・アクサ・モスクへの度重なる襲撃によって発生したエスカレーションの責任はイスラエルにある」と記した。
同時に外務省はガザ地区を巡る情勢の進展に懸念を示し、あらゆる関係国に対してエスカレーションを停止し、最大限の自制を発揮するよう呼び掛けた。
一方、イスラエルに対しては、「目に余る国際法違反を停止し、国連安保理決議とパレスチナ人民の歴史的権利を尊重」するよう訴えた。
カタールのほか、エジプト、チュニジアもパレスチナへの支持を表明し、パレスチナを実効支配するイスラエルへの抵抗運動に理解を示した。そのうえで、エルサレムを首都とするパレスチナ国建国への支持を改めて示した。
現在、エジプト、ヨルダン、サウジアラビアがパレスチナ・ガザ地区における緊張の悪化を回避するため、協議を行っている。
また、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はエジプトのサーミフ・シュクリー外相と電話会談を行い、ガザ地区に対するエスカレーションを停止し、紛争を交渉で解決に導くため協力することを確認した。エジプト側はロシア側に対し、国連安保理がパレスチナ国民の権利を保護する上での措置に責任を持つよう要請した。

第四次中東戦争から50年

第四次中東戦争から50年の節目に、イスラエルの状況は悪化した。1973年10月6日、エジプトとシリアがイスラエルを攻撃した。1967年の第三次中東戦でイスラエルに占領されたアラブ領土の奪還が目的だった。攻撃は、ユダヤ人にとって最も重要な宗教上の祝日である「ヨム・キプール」(贖罪の日または審判の日)に行われた。対立は10月25日まで続いた。同月22日、国連安全保障理事会はソ連及び米国のイニシアチブで、当事国に停戦を求める決議案を採択。2日後にシリア戦線での戦闘行為は停止したが、イスラエルは攻撃を続けた。そして25日、その他の国々の圧力を受けてようやく戦争は終結した。
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