【視点】「福島第一における放射能汚染水放出の理由は、真実ではない」小出裕章氏、国は原子力政策が根幹から崩れるのを恐れていると指摘

東京電力福島第一原子力発電所のALPS処理水をめぐる問題で、東電は8月24日から9月11日にかけて第1回目の海洋放出を行い、今月5日には、2回目の海洋放出を開始した。日露間では水産物等への影響に関する対話が行われたが、ロシアは予防的措置として、16日から日本産水産物に対する中国の一時的な輸入制限措置に合流することを決めた。周辺国が揃って懸念を示す中、日本が海洋放出を強行突破している真の理由について、工学者で元京都大原子炉実験所助教の小出裕章氏に聞いた。
この記事をSputnikで読む
そもそも、処理水を放出する理由について経済産業省は「福島第一原発の敷地内でALPS処理水を貯蔵している巨大なタンクは増え続け、タンクの数はすでに1000を超えている」「本格化する廃炉作業を安全に進めるためには、新しい施設を建設する場所が必要」と説明し、タンクを減らす必要性を強調している。そこに代替案についての言及はなく、まるで他の策が存在しないかのような印象を与える。小出氏は、土地はじゅうぶんにあるのに、国と東電はあえてそれを使おうとしない、と指摘する。

「国と東電は、もう福島第一原発の敷地の中にはタンクを増設する余裕がないと言っています。しかし、福島第一原発の敷地に限っても、7、8号機の建設を予定していた広大な土地が余っています。国と東電は、そこは今後の廃炉作業で使うので、利用できないと主張しています。しかし、国と東電が作った廃炉の工程表はまったく現実的なものになっておらず、今の段階で工程表に沿って配慮することは意味がありません。

百歩譲って福島第一原発の敷地内に用地が確保できないというのであれば、福島第二原子力発電所の敷地が手つかずのまま残っています。さらに言うなら、福島第一原発周辺には、国が除染残土の置き場として確保した中間貯蔵施設の土地が広大にあります。中間貯蔵施設の土地は、『除染残土の置き場のために確保した土地だから使用目的が違う』などというのであれば、特措法を変えればよいだけのこと。国にとってはお手の物です」

小出裕章氏
工学者・元京都大原子炉実験所助教
ALPS処理水は、東電が「Advanced Liquid Processing System」と名付けた装置で処理した水で、トリチウム以外の放射性物質は国の基準以下に取り除かれている。しかしトリチウムは水分子を構成する水素の同位体であるため、どれほど高度な技術を駆使しても決して取り除くことができない。小出氏によると、現時点で福島原発に溜まっている130万トンの水の中には、トリチウムが平均して基準値の10倍含まれている。よってALPS処理水は、処理水と名前がついていても、れっきとした「放射能汚染水」であるが、国と東電はそれを海水で「うすめて」、トリチウムが基準値の40分の1になるようにした上で、放出している。小出氏は「放射性物質には固有の寿命があるので、できるだけ閉じ込めるのが、人間にできる最善の策。トリチウムの半減期は12.3年で、半減期の10倍閉じ込めておけるなら、放射能の量は1000分の1に減る。海に捨てなくてもすむ現実的な方策はいくらでもある」と話す。
しかしそれでも、国にとっては、汚染水の海洋放出以外の選択肢はそもそも存在せず、代替案が公に議論されることもなかった。なぜなら、トリチウムの海洋放出が大前提となって、日本の原子力政策が構築されているからである。逆に言うと、それができなければ、日本の原子力政策は根幹から破綻する。
「今、放射能汚染水を海に流してはいけないということを認めてしまうと、日本が青森県六ケ所村に作ろうとしている再処理工場の運転ができなくなります。なぜなら福島第一原発で熔けた炉心の重量は250トンで、今、その中に含まれていたトリチウムなどの放射性物質が問題になっています。しかし、そもそも六ケ所村の再処理工場を運転するとなると、毎年800トンの使用済み燃料を化学的に溶かし、その中に含まれているトリチウムは、全量を海に流す計画でした。日本は、それを40年間続け、合計で3万2000トン分の使用済み燃料に含まれているトリチウムを海に流しても安全だ、と主張してきました。もし、福島第一原発の250トン分の燃料に含まれていたトリチウムを海に流してはいけないということを認めてしまえば、再処理工場の運転は不可能になります。使用済み核燃料は必ず再処理し、それを高速増殖炉に引き渡すということが日本の原子力政策の根幹になっており、それが根本から崩れてしまいます」
8月20日、処理水放出を前に福島第一原発を視察する岸田首相
今年度は合わせて4回の海洋放出作業が行われ、合計でタンク40基分の3万1200トンの汚染水が海へと捨てられる。この問題を語るとき、海洋放出しても安全な理由として「生物への影響はない」「自然に存在するトリチウムのレベルを超えることはない」「飲料水の基準よりも低い。理論上は飲める」といったことがよく挙げられる。しかし、長年にわたり原発の危険性を訴え続けてきた小出氏からすると、そのような議論は、議論の的自体がずれているという。
「福島第一原発の放射能汚染水問題は、それが安全かどうか?という問題ではありません。放射能を環境に放出することには必ず危険を伴うので、『安全』という言葉を使うこと自体が誤りです。被曝はどんなに微量でも危険が伴うことは科学的に確定しています。影響は必ず存在しますが、それを立証することはきわめて困難を伴います。国と東京電力は、汚染水を海に放出しても、被害の立証ができないことから、被害はないと言って逃げおおせるでしょう」
小出氏は、関係者が誰も責任を取らないことへの憤りを隠さない。海への放出は、仮に計画通り進むとしても、全ての汚染水を流し終えるまで40年かかる。その頃には国や東電の関係者、当事者の多くがこの世を去っているだろう。小出氏は「それほど大変な作業。国が相手だから何ができるかわからないが、私は抵抗を続けていく」と話している。
関連ニュース
ロシア、日本産魚介類の輸入に暫定制限措置 16日から
【視点】「日本の規制当局は間違っている」 英原子力専門家、トリチウム水の安全基準は時代遅れと主張
コメント