この時、金正恩氏は、北朝鮮は韓国と平和的統一の概念を否定し、朝鮮半島の隣国とは「敵対的な交戦国の関係となった」と述べていた。発言はおそらく、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の極端な親米路線に対する北朝鮮としての反応であろう。
北朝鮮は改正内容の詳細は明らかにしておらず、抜本的な改正となったのか否かについては今の段階では不明。世界の専門家らの大半は、改正した可能性はあるが、今のところ沈黙することを選んだのではないかと分析している。一方で、11月に予定されている米国大統領選挙の結果を待って、改正が延期されたのではないかとの見方もある。
いずれにせよ、憲法改正というレベルで採択したということは、北朝鮮が南北統一路線から離脱することを意味する。これは、北朝鮮の韓国に対する戦略そのものが変更したことになる。これに続いて、平和的統一の希望を定めた1991年の南北基本合意書も破棄される可能性がある。
韓国は金正恩氏の統一否定路線に反応した。8月15日、尹錫悦大統領は「8・15統一ドクトリン」を新たに発表し、韓国の国家モデルとイデオロギーに基づいた統一の追求という自身の決意を強調した。北朝鮮指導部がこの概念を受け入れないのは明らかだ。新たな政治的現実にある北朝鮮が韓国とのすべての二国間協定からの離脱を公式に発表する可能性がある。そうなれば両国の接近のチャンスはますます遠のき、溝だけが深まっていく。
ロシア科学アカデミー、中国・現代アジア研究所、朝鮮研究センターの主任研究員コンスタンチン・アスモロフ氏は、この状況について次のように考えている。
「もしこの憲法改正案が採択されていれば、国民がいかに歓迎したかを含め、何らかの情報の痕跡が残ったはずだ。これから判断すると、採択が次の会期まで延期された可能性は高い。来年には最高人民会議の組織改革が行われる見込みもある。となると、新しい最高人民会議の最初の本会議で、これらの改正案をすべて粛々と導入するというほうが理にかなっている。米国大統領選挙まで改正案が先送りされたという推測は、ここでは成り立たないと思う。南北統一を否定する方向性は、ずっと以前に決まっていた。今、北朝鮮は南北統一を支持する美辞麗句を完全に否定している。南に通じる道路を破壊し、朝鮮半島全体を領土として描いていた地図を、北のみ領土として描くように変更している。これは北朝鮮が現実を見直し、軍事紛争の結果としてではない半島統一は、現時点では不可能であるという事実を認識したものだと思う」
アスモロフ氏は、南北朝鮮の統一は双方に多くの問題をもたらすと見ている。経済的な問題、人口の3分の1が 「貧しい親戚」となることによる社会心理学的な問題。 文化の相違、そして、分断された半島の統一について、両国が抱く概念の完全な不一致の問題がある。
「韓国にとって南北統一とは、新しい国家を作ることではなく、北朝鮮を地図から消し去り、半島全体に韓国を形成することだ。これに対し北朝鮮は、朝鮮半島には敵対する2つの国家が存在し、統一の根拠はもはやないというテーゼで対抗してきた。かつて金与正氏が、『われわれの警戒心を眠らせる偽善者(文在寅・元韓国大統領)』よりも『われわれを憎む保守派(尹錫悦大統領)』の方がましだと、非常に厳しい発言をしたのはれっきとした根拠がある。 今、双方がお互いに挑発しあっている。だが、これは私には冷戦時代のソ連と米国の対立を思い出させる。あの時は小競り合い、国境での事件、武力の誇示、軍拡競争はあったが、誰も一線は越えなかった」
10月初旬、金正恩氏は韓国に対し、北朝鮮の主権が脅かされた場合、核兵器を含むあらゆる利用可能な攻撃手段を躊躇なく利用すると警告した。
ここ数日、朝鮮半島では新たなエスカレーションが起きている。11日、北朝鮮外交部は、韓国がビラを配布するために平壌上空に無人機を飛ばしたと非難した。韓国当局は、国としては関与していないとしながらも、韓国市民が自発的に行った可能性はあると認めた。
これを受け、朝鮮人民軍の総参謀部は国境の砲兵隊に戦闘準備態勢を敷くよう命じた。15日には北朝鮮が、南北を結ぶ自動車道路の自国側の一部区間を爆破。今後、道路が寸断された場所に要塞を建設する措置を取るとしている。