モスクワに、自身の所有する二人のスペイン芸術家、ダリとピカソの作品を運び込んだ。この二人がひとつの展示空間に並ぶのは世界初のことである。すべての作品が本物であることは、ダリおよびピカソの専門家らが確認済みである。展示には、絵画あり、グラフィックあり、銅像あり、石膏像あり、リトグラフあり、リノカット(版画の一種)ありである。
貴重なコレクションを集めるためには、芸術への強い関心、集めることへの熱中、潤沢な資金、これらが全てが揃わなければならない、とシャドリン氏は語る。
「一番大事なのは、美を愛することだ。愛は、あるかないかの二択である。金持ちになることは出来る。しかし、何かを見て、感動し、嘆息すること、つまりは美を愛する能力というものは、限られた人にしか与えられていない。私は14歳でダリの画集を見た。ソビエト時代、ダリ作品はブルジョア芸術の烙印を押され、現物を直接見ることは不可能だった。そのダリを見たことで、私の世界観は転覆されてしまった。これは無二無類の芸術である、全く違う世界だ、そう私は思った。その時誰かが私に、お前は将来この画家の作品のコレクションを所有するのだ、なんて言ったとしても、私は信じなかっただろう、1987年、私は当時務めていた学校を辞めて、実業界に入った。最初の給料で、普通の人なら車とか、部屋とか、服とかを買うところ、私は芸術品を選んだ。地元ウラルの芸術家の作品を買い、展覧会を開催するようになった。こうして私のコレクターとしての活動が始まったのだ」
ダリ作品の大半が、複数の作品からなるシリーズものである。たとえば「闘牛」という版画は、ピカソの同名シリーズに対抗して作られたものである。ピカソの闘牛が祝祭、マタドールの勝利、猛り立つ雄牛ということなら、ダリのそれは、そのあふれ出る想像力により、シュールレアリスムの世界における闘牛のアリーナへと変貌している。ダリのホールでは、ダリの最高傑作シリーズとして名高いリトグラフ「ダリの花」が展示されている。また、時計「時間のダンス」「カタツムリと天使」「宇宙のヴィーナス」といった彫像シリーズ、さらには石膏シリーズ「宇宙征服」が展示されている。そして、ルネッサンス期の風刺小説「ガルガンチュアとパンタグリュエル」に寄せたイラストレーション、「毛沢東」と題した珍しいシリーズ、偉大なる指導者の詩篇へのイラストレーション、日本の民話に対するダリの視点が反映された「日本のお話」など、目を奪われる展示品が数々紹介されている。
世界にその名を馳せる芸術家の展覧会とあって、美術館には世界中から人が来ている。シャドリン氏のコレクションに、ロシアだけでなく、外国からの関心も熱いのである。どちらが先にコレクションを誘致するかで、いま日本と中国が競争している、という。
「モスクワの次はミンスクで展示する計画である。その次はバルト諸国。秋には中国か日本に行く。どちらになるかは交渉次第だ。日本に今度、契約を締結しに行く。札幌から始めよう。ただ、期日はまだ確定していない。年内に実現するかも知れないし、2016年1月になるかも知れない。日本側は、1年半から2年ほど借りたままにしたい、その間に全国巡回したい、と言ってきている。福島県の現代美術館にはダリのコレクションがあったが、2011年の自然災害後もあの美術館がやっているのかどうかは知らない(諸橋近代美術館。営業中)。日本側の関心は非常に厚い。日本人ほど文化に対して関心が強い人はいない。私は将来的に、日本の17-19世紀の版画の展覧会を、ロシアで開きたいと考えている。この頃の日本の版画は、ほかの国ではお目にかかれないような、なんとも繊細なものなんだ」
お終いに、耳寄り情報を少し。アレクサンドル・シャドリン氏の個人コレクションは、世界第4位のものである。第1位は有名な、ダリの故郷フィゲラスの美術館。しかしこの美術館には彫像はない。モスクワにやって来る前、コレクションはロシア55か所の美術館で展示された。その5年間で、実に100万人が展覧会を訪れた。シャドリン氏はダリとピカソの他にも、マルク・シャガールやパウル・クレー、アンリ・マチス、ワシーリイ・カンジンスキイ、ミハイル・シェミャーキンなどの絵を所蔵している。シャドリン・コレクションに連なるすべての作品が、安全のため、ロシアの美術館の倉庫に収納されている。展覧会はもう16年このかたやっており、今後も続ける積りだという。