30年前のこと。冷戦の真っ盛りだ。1983年の秋、多目的原潜K-324(NATOのコードネームはヴィクトル3、ソビエトではシューカ)が西大西洋を巡視していた。
熱帯暴風雨で米艦の演習は困難になり、中止された。マックロイ号は急に方向を変え、基地へと急ぐ。ソビエト潜水艦の船体に奇妙な振動が走った、と長年ののち、当時の一級船長アレクサンドル・クジミン氏は記者らに語っている。
「メインタービンが故障した。原子炉もタービンも、非常用防護装置が作動。浮上せざるを得なかった。浮上し、熱帯暴風雨の真っただ中に入った」。
こうなった原因は浮上してはじめてわかった。潜水艦に、探査機のついた長大な金属製のケーブルという形状の、米艦の機密アンテナが巻き付いていたのだ。この遭難船の救助にハバナにいたソビエト船アルダンが出動した。
しかし先にそれを見つけたのは米駆逐艦ピーターソンおよびニコルソンだった。両艦は紛失した機密装置の捜索を行っていたのだ。潜水艦が拿捕されることを危惧したK-324の船長は、自爆準備を整えるよう命じた。しかし事は公海上で起こっており、米艦は潜水艦の周囲でしか行動できず、不運なアンテナをネジで断ち切ろうと遠巻きに試みるしかなかった。
やがてこの危険なゲームに米潜水艦フィラデルフィアが駆け付ける。同船はソビエトの潜水艦に近づき、その真下に入った。そして、どうやったものか、ソナーつきのケーブルを船体に巻き付けることに成功した。
そうして悲喜劇じみた状況が出来上がった。敵対する2隻の原潜がまるで綱引きを争うような格好になった。終いには強化ケーブルが引き千切られ、フィラデルフィアは自らの船体に巻き付けたソナーつきカプセルを丸ごと奪い去ってしまった。しかしK-324のネジにはまだ400mにもおよぶ機密低周波アンテナが残されていた。
急行したソビエト船アルダンがK-324を牽引し、キューバに連れ帰った。ネジから巻き取られた米国のアンテナは特殊軍事航路でモスクワに送られた。K-324は再び大西洋のパトロールに復任した。
のち明らかになったところでは、当時のロナルド・レーガン大統領はこの件について報告を受けると、海軍の高官数名を解雇するよう命じた。議会は翌1984年度の軍事予算で、海軍の学術調査諜報の割り当て額を25%削減した。ロシアに機密のすべてを渡してしまうような海軍の活動に渡す金などない、というわけだ。