世界秩序の転換が既に明白化している。欧州においてはドイツが力を増し、ドイツ周辺には「ドイツシステム」が形作られ、それは既に膨大な物質的・人的リソースを手にしている-これが同書のライトモチーフだ。周辺諸国、たとえばウクライナは、非工業化する。「ドイツシステム」が周辺諸国に求めるものはただ人力のみ。その人力は、貪欲に吸い上げられるだろう。米国には既に挑戦状が叩きつけられている。米国に残された唯一のドイツ抑止策は、ロシアとの同盟である。
ドイツには明確な将来設計がある。南欧諸国を隷属させ、東欧から人的リソースを吸い上げ、フランスの銀行システムを配下に置く。2008年の世界危機はドイツの力を明るみに出した。ドイツは欧州に対する権力を手に入れ、欧州をロシアとの潜在的戦争状態へと追い込んだ。ドイツの切り札は、コンパクトな、歴史的に工業生産と戦争に特化したドイツ民族の持つ恐ろしいほどの生命力である。人間的価値観、家族および社会構成といった面で、ドイツは、米国その他のアングロサクソン国家と根本的に異なっている。両者の衝突は不可避である。ドイツは古来、「君主制民主主義」「民族的民主主義」、アパルトヘイトを信奉し、実行している。つまり、ドイツ人のための民主主義、「君主制民族」、他の民族を従属国・奴隷として服属させる、ということである。
事実上「ドイツシステム」の管理下に置かれた欧州は、既に付加価値生産性、人口および人口に占める工業従事者比率(米国17%に対し27%)について、米国を遥かに上回っている。輸出は年々増加しており、一般的な意見に反して、交渉中のTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)も、米国よりはむしろドイツを利するものである。
ガスパイプライン「サウスストリーム」敷設計画の停止もドイツの仕組んだことだ。ドイツは欧州でドイツ以外の国が主要なガス取得・分配者になることを望まなかった。そして、国民および政府の間でロシアへのシンパシーが強い南欧が経済的に自立することなど、全く許容できなかった。
米国指導部はどうやらドイツ増強の脅威を自覚していない。ロシアがたとえばウクライナ問題で後退し、どころか敗北すれば、既に存在している物的・人的リソースの多寡が、ますますドイツ有利に傾くばかりである。ロシアが世界を舞台とするゲームから撤退するのが早ければ早いほど、米国とドイツの間の対立はより強く先鋭化するのだ。そうしたことを米国指導部は理解していないようだ。
米国がウクライナ問題に介入したのは、欧州秩序の見張り番という役割を強調したかったから。そして、ドイツに対するコントロールを失いかけているという現実を覆い隠したかったからだ。しかし米国指導部でも、最後には健全な理性というものが勝利を収めずにはいない。欧州で冒険主義が高まり、危機が中国に波及しようとする中では、米国にはロシアへの接近以外に正しい道はない。
ロシアはソ連崩壊から復興し、現代的で、ダイナミックで、偉大な社会になっている。その国民は、多くの欠点や、権威主義への傾きを持ちながらも、それでも未来を楽観視している。トッド氏は人口学者として、その最大の証拠となるのは出生率と平均寿命の堅実な増加である、としている。加えて極めて重要なのは、1990年代以降ロシア・ベラルーシの乳児死亡率が減少し、ほぼ先進国の水準に達したことだ。ロシア指導部の主な課題は、豊富な資源と軍事力を利用して、領土と国民を守り、工業力を維持し、この歴史的時間を勝ち抜くことだ。
日本が危険視すべきは、「ドイツシステム」が中国との接近の道を今後ますます模索するだろうということだ。トッド氏によれば、ヒトラーも1930年代、中国か日本かで揺れ、蒋介石の軍に資金を注入し、教練を行っていた。現代では、事実上、他ならぬドイツこそが「ウクライナ問題」を引き起こし、日本にとって極めて重要だったロシアとの接近を寸断した。
どうやら、国際情勢のこのような解釈は、ロシアとの接近を望みながら、一方で中国の権威に従うことや米国と仲違いすることを決して望まぬ日本の一部知識人に、深い感銘を与えたらしい。
コンスタンチーン・ビノグラドフ