北川氏の祖父、北川剛氏はソ連によってシベリアに抑留されていた。帰国後、収容所で覚えたロシア民謡を合唱団「白樺」の活動を通し日本に広めた。父の北川つとむ氏は、バラライカ奏者となった。ロシア音楽一家に育った北川氏にとってロシア民謡は身近なものであった一方、最初からバラライカが好きだったわけではなかった。子どもの頃の北川氏はテレビで流れているような音楽に興味をもち、ロシア民謡は古くさいと思っていたが、転機が訪れた。
北川氏「17歳のときに、父の楽団『東京バラライカアンサンブル』と一緒にロシア公演に参加し、ロシアの土地を初めて踏みました。そこで色々な音楽家の演奏を聴き、少しずつバラライカの魅力、ロシア音楽のすばらしさがわかるようになってきたのです。もともとあまり好きではなかった、むしろ嫌いだったという反動もあるかもしれません。僕は今30代ですが、この年代の日本人はロシア音楽を聴いてきませんでした。それなのに、ロシア音楽にはどこか、懐かしさを感じるような雰囲気があります。」
今回のモスクワでのコンサートは、コンチェルト形式で行われる。バラライカの場合、ピアノやアコーディオン、バヤン(ロシアのボタン式アコーディオン)などが伴奏につくことが多いが、コンチェルト形式は選ばれた奏者のためのものだ。ロシアのプロのオーケストラをバックに日本人が演奏することは、ほとんど無い。
北川氏「今回の演奏会は、僕の留学していた音楽院の学長でもあり、バラライカの師でもあるアレクサンドル・ダニーロフ教授の70歳のお祝いです。曲はダニーロフ教授からのリクエストで、ロシア民謡『民衆の責めを背負いて』です。この曲は父もレパートリーに入れていましたが、非常に難易度が高いのです。父も生前『この曲でブラボーをもらうのは一番難しいんじゃないか』と言っていました。モスクワでオーケストラをバックに演奏できることは、ものすごく光栄なことです。ブラボーが頂けるかどうかわかりませんが、皆さんに楽しんで頂けるような演奏ができればいいなと思っています。」