直接の死因は急性心不全だった。ロランスさんは10代の頃より拒食症に苦しんできた。これは食欲の欠如を特徴とする精神疾患だ。ロランスさんは髄膜炎を患った結果拒食症を抱え込んでしまった。
シラク夫妻はロランスさんを国内の優秀な医者に見せて回ったが、満足のいく結果を得ることはできなかった。また同時にシラク夫妻はプライベートの公表を控えるなどロランスさんをマスコミから守るためにあらゆる手を尽くした。1988年にロランスさんが死亡したのではないかと噂が流れ、悼辞が寄せられた際もシラク氏はその話題全般に触れるのを避けた。
こうしてロランス・シラクさんの存在が公になることは実質的になかった。仏国民はロランスさんをマスコミによって偶然撮影された家族写真に見るだけであった。