今回の内閣府の調査では15歳から39歳までが対象となっていたため、ひきこもりの高齢化がどの程度進んでいるのかについては明らかになっていない。ひきこもっていても両親が働いていれば当面の生活に困らないため問題が顕在化せず、両親が定年を迎えたタイミングで初めて周囲に助けを求めるというケースもある。職に就くならばやはり早いタイミングで就職活動をするにこしたことはない。
北京都若者サポートステーションの相談支援員、西岡正成さんは、「就職支援にあたってはいきなり仕事の話をするのではなく、趣味などの話から始めて心を開いてもらい、得意なことや不得意なことを見つけだしていきます。自己肯定感や生きるための活力を感じてもらうこと、まずはそこからです」と話す。人生の約半分をひきこもり状態で過ごしたある30代の男性も、両親の相談をきっかけに来所し、現在進行形でサポートを受けている。まだフルタイム勤務とまではいかないものの、北京都若者サポートステーションが連携している派遣会社に単発・短期の仕事を紹介してもらい、職場体験を積み重ねるまでになった。
さて、ロシアの事情はどうか。ロシアのSNS「フ・コンタクチェ」には、ひきこもりの生活をテーマとした何十ものグループが存在している。その中で一番人気があるグループは40万人ものフォロワーがいて、ユーザーは例えば収入の問題などに関してネットで議論している。ネットの住人で自分を「ヒッキー」(ロシアでは、ひきこもりの人はこう呼ばれる)だと自称しているロスチスラフさんの意見はこうだ。
ロスチスラフさん「私はめったに人と話しませんし、外に出ても誰とも話しません。興味がないからです。現実世界はルーティンの繰り返しです。ネットで情報を探して、仲間と議論するほうがおもしろいですよ。もしかすると私の、世界への接し方が変わっているのかもしれません。もし私がヒッキーでい続けるなら、コンピューターの前だけで完結する仕事を探せるようがんばります。永遠に両親の脛をかじるわけにいきませんからね…」
ロシア国立高等経済学院・哲学学部のアレクサンドル・パブロフ講師は、次のように話している。
パブロフ氏「心身状態に制限がある人と違い、ひきこもりは自らの意思で、自分の選択として社会性をなくしています。ひきこもりの人にとっては、他の多数の人とは、人生における価値観や成功の定義が違うのです。彼らは好きでもない仕事でお金を稼ぎたくもないし、気の合わない人とレストランで食事したくないし、山のような服やローンで買った車などいらないのです。」
日本のように、働いておらず、税金を納めていない、つまり市民としての義務を果たしていない人の数が増えてきたら、ロシア政府もこの問題を社会的に好ましくない現象として何らかの手段をとるかもしれない。しかし強制的に働かせるという姿勢は決して良い結果を生むことはなく、社会との断絶をいっそう深いものにしてしまうというのが大方の見方だ。社会心理学者のミハイル・ミレル氏は、ひきこもりという言葉が当たり前になり、何らかの対策を取ろうとしている日本とは違って、ロシアの親たちは、子どもが攻撃的な振る舞いをしない限りは、「変わった子」として静観していると指摘している。
ミレル氏「ロシアにも日本にもひきこもり現象はあり、ひきこもりになる理由も似通っていますが、日本の方が早くひきこもりということを取り上げ、大きな問題として扱っていると思います。日本は教育システムも厳しく、それについていけない子どもは、自分は完全な存在ではないとコンプレックスを抱いてしまいます。日本では家庭内の問題を外に持ち込むことはしませんし、面子を守るということがとても大事です。例えそれが表面的なマスクであったとしてもです。そういうマスクを被り続けることに疲れ、社会の圧力から脱していく人が出てきます。
私の考えでは、ヒッキーはロシアにそうは多くないと思いますが、自らの意思で社会と隔絶しようという人の例はたくさんあります。そういう人たちの理由は、まず両親からの無理解・無関心です。そして学校や学校のグループ、または自分が『こうあるべき』だと思っている基準や要求に、応えられないということも理由です。ロシアにおいて、問題から逃げる『一般的な』方法というのは、日本のように自分で自分を幽閉することではなくて、家から飛び出すことです。
日本人以外の間で、自分をヒッキーと自称することが、ここ数年で流行ってきたと感じます。ときどき、ただコミュニケーションが苦手なだけの人もヒッキーだと名乗っていますよ。でも、その人が学校で勉強し、最低一人でも本当の友達がいれば、それはすでにヒッキーではありませんよね。」
ミレル氏は、ひきこもり状態の人を家から出すにはどうすればよいかという問いに、次のように答えている。
ミレル氏「両親に言いたい最初の助言、かつ重要な助言は、子どもと話し、子どもが孤独でいたい理由を突き止めることです。もちろんそういう子どもとオープンに話すことは難しいです。子ども本人はそれを問題視していない可能性もありますし。両親は子どもに対して『この子は普通じゃない』『養われているお荷物』だと思ってはいけませんし、それを悟られてもいけません。子どもは、大人になることを学んでいるだけなのですから。」
そしてミレル氏は、ロシアのひきこもりの予防のためには、両親や教育者、未成年者と接することの多い社会活動家らに情報を周知させ、日本の社会事業の経験に学ばねばならない、と付け加えた。