プーシキン美術館といえば日本ではルノワールなどのフランス絵画のコレクションが有名で、日本巡回の際に大行列に並んだ人も多いのではないだろうか。エカテリーナ二世やロマノフ王朝の歴代皇帝が収集してきた名画の数々の質の高さは、フランス本国もうらやむほどだと言われている。
しかし、プーシキン美術館の魅力はそれだけではない。ユスポワさんは昨年、自身が担当した「樂-茶碗の中の宇宙」展でセンセーションを巻き起こした。この展覧会自体は、米国やサンクトペテルブルグでも行われたのだが、プーシキン美術館だけで来場者を13万人も集めたのは特筆に値する。プーシキン美術館のマリーナ・ロシャク館長は「この種の芸術は、鑑賞者にも深い理解を要求するので、こんなに多くの来場者が来るとはとても予想できなかった。我々の美術館では、2018年に日本についての定例展覧会を開こうと思っており、それは成功すると確信している」と話した。
ユスポワさんは外務大臣表彰の受賞にあたって、スプートニクに次のように述べた。
ユスポワさん「私は幾らかのきまり悪さ、困惑のような気持ちを感じています。名誉ある外務大臣表彰に、果たして自分が値するものかどうかと。私はまだ自分の功績の上にあぐらをかくような年齢でもありませんし、まだまだ働く所存です。
ロシアの一般大衆は、ヨーロッパやアメリカの人々と比べますと、日本の芸術に馴染みが深いとは言えません。日本の芸術で大衆に知られているのは、浮世絵ですね。何といっても浮世絵は、日本芸術の最高峰に位置するものです。私はロシアの人々が、『源氏物語絵巻』や琳派の絵、素晴らしい伊藤若冲の作品を見ることができたら、と夢見ています。
私は人生のすべてにおいて自分の好きなことができて、本当に幸せな人間だと思います。毎日、日本の芸術作品の原作や原画を目にすることができ、それら作品や文献を研究しています。そしてその知識をロシアの人々に分かち合える可能性があるのですから、こんなに幸せなことはありません。」
ユスポワさんの受賞に、日本の関係者も喜びに沸いている。ユスポワさんと親交の深い、東京大学スラヴ語スラヴ文学専修の楯岡求美(たておか・くみ)准教授がお祝いのメッセージを寄せてくださった。以下、楯岡准教授のメッセージ全文をご紹介する。
アイヌーラ・ユスポワさんの受賞に寄せて
アイヌーラさんは、お会いするといつもニコッと笑ってくださる。つい失礼ながら、かわいらしい、と思ってしまうのだが、雰囲気の柔らかさに反してその活動のエネルギッシュさたるや、小型台風のようなのだ。この春に来日された際も、「この数年、公私ともいろいろあって、もうくたくたです。」とおっしゃりながら、毎日3-4件の美術館の展覧会を巡り、合間に打ち合わせをするという超人的スケジュールをこなして爽やかにロシアに戻って行かれた。これが部門長を務めあげたご褒美の「休暇」だというのだから、凄い。日本美術への愛と情熱が服を着て歩いているとはこのことである。
このような真摯な研究姿勢が彼女の企画する展覧会を魅力的なものにしている。例えば、プーシキン美術館で昨年開催された「樂-茶碗の中の宇宙」展も大評判で、大勢の見学者が押し掛け、話題となった。茶道の樂茶碗という、日本でも少しとっつきにくい印象を持たれてしまうものの美が、日頃日本文化に触れることの少ないロシアの人々に受け入れられたのは、アイヌーラさんが、日本美術の美的感性を多くの人々に対して開くことができた素晴らしい成果だと思う。好きなものをただ見せるだけではなく、作品の背景や手法を研究によって解き明し、来館者が理解できるように提示することで、美術館が文化の懸け橋となったのである。
そんな彼女の陰の努力の一端を知るものとして、今回の受賞は、とてもうれしいし、心からお祝いを申し上げたい。アイヌーラさんは日ごろから、美術の分野での日露間の継続的な交流がまだないことをとても残念がっていて、その通りだと思う。ロシアの日本美術への関心はとても高く、ロシアにも日本に紹介したら素晴らしい作品がまだまだ知られていないまま眠っている。この賞の授与が、これまでの成果に対する表彰として終わるのではなく、今後の企画や交流の始まりとなってくれることを切に願っている。