日本から講師として招かれたのは伊藤忠商事に19年間勤務しているオリガ・コズロヴァさんだ。オリガさんは極東漁業経営大学で経済学を学び、大学付属日本語学校で日本語を学んだ。その後、留学生として東京に渡り日本語を磨き、小さな会社を経て、伊藤忠に入社した。オリガさんは当初通訳として採用されたが、その後中央アジアの国々を担当して経験を積み、8年後にロシアを始め、CIS諸国全般の仕事を続けることになった。現在は開発・調査部海外室に勤務しており、正社員となって現在で11年目になる。
ロシアを含む海外メディアには「日本企業とはこういうものだ」という神話やステレオタイプが蔓延している。オリガさんは「ロシアで、日本といえばロボットの国というようなステレオタイプがあるが、もちろんそうではない。日本人は感情を持った人間だ」と話す。そのステレオタイプは例えば、2003年に公開されたフランス映画「畏れ慄いて」(原作アメリー・ノートン)に顕著に表れている。90年代のまだ外国人従業員が少なかった時代、主人公である日本生まれ、ヨーロッパ育ちの女性は日本の大企業に就職する。風刺的に描かれている場面が多く、彼女はまともな指導も説明もしない上司や、暗黙の了解を強要する上司などに囲まれ、最終的に会社を辞めることを余儀なくされる。現代の一般的な日本企業ではコミュニケーションが重視されているので、この映画を日本人が観れば驚くだろう。
一方、日本の「職人」文化もまだまだ健在だ。セミナーでは、銀座の老舗「すきやばし次郎」にフォーカスした映画「二郎は鮨の夢を見る」(2011年公開)も紹介された。すきやばし次郎は海外の政治家や有名人が食事をし、ミシュランの三ツ星を獲得していることでも知られている。ちょうどモスクワでのセミナーの前日に91才の誕生日を迎えた主人の小野二郎氏は、仕事へかける思いについて映画の中で熱く語っている。こういった店では、主人が「こうしなさい」と言ったことを、弟子たちが忠実に再現する。結果として味も主人と同水準を保つことができる。オリガさんは「これは日本人に特有のメンタリティだと言える。外国人であれば、どうやってやり方を変えよう、プロセスを省略しようと考えてしまう」と指摘する。
日本の企業文化の特徴は次のようなものである。基本的には上司の指示を遂行する、企業秘密を守る、上下関係を守る。つまり、情報は係長、課長、部長といった順に下から上へ縦のラインで共有され、係長と部長だけがある情報を知っていて、課長は知らない、ということは起こりえない。何か物事を決める際に、あらかじめ根回しをしておくといった文化もある。また、同じ業界の会社の代表者同士が意見交換したり、司会を立ててディスカッションすることもある。そのようにして、同業者との関係の調和が取れるように、ある程度のコミュニケーションをとるのだ。また、ロシア人は電話コミュニケーションが好きで、職場での私用電話は咎められないが、もちろん日本では職場での私用電話はご法度だ。また、オリガさんは、終身雇用の制度や労働組合の活動、労使交渉はどのように行われるのか等についても紹介した。
オリガさんは伊藤忠で、そして日本で働くという自分の選択に自信をもっている。オリガさんは「日本での仕事が自分で選んだ道で、自分には合っている。ロシア企業で働いたことがないので比べることはできませんが、日本の企業文化に慣れることができれば、後はどこででも、どんな企業でも、やっていくことができると思います」と話している。プーチン大統領が12月に来日することもあり、日露関係が改善すれば「経済交流もその結果として、ついていくでしょう」と、日露ビジネスの発展に期待を見せている。また、日本で働きたいロシア人に対してオリガさんは、「日本語ができることはもちろん、通訳以外に何か専門性を身につけるべき」とアドバイスした。
セミナー聴講者の多くは日本企業に勤めるロシア人であり、彼らの大部分は日本企業で働くことに問題を感じていないようだった。ある参加者は「日本で働いたらどうなるのか興味があって来ました。職場で日本人と問題が起こることもありますが、それらの問題は、解決しようという意思さえあれば、解決できるものです」と話した。また他の参加者からは「商談の進み方や会社のイベント、贈答の習慣についても、もっと知りたかった」という意見や、「会社のルールが、どのような伝統に基づいて成り立っているのか理解でき、日本人と働く上で知っておくべき興味深い事実を知ることができた」という声があった。