12月3日に開かれた講演会の後、スプートニク日本のアンナ・オラロワ記者は、国際交流基金のブースで、中村文則氏に、お話を伺った。
中村氏によれば、ドストエフスキーとの出会いは、氏の作家人生を決定づけたとのことだ。ドストエフスキーは、中村氏が若い頃、自分自身を探し続けながらも、行く道を選びかねていた時、その作品によって新しい世界を開き、中村氏を救ったという。
中村氏は、スプートニク記者のインタビューの中で、次のように語った。
記者:講演会で、あなたはドストエフスキーは、自分を救ったとおっしゃいましたが、その事について、もう少しお話しくださいませんか?
中村:私はあまり明るい人間ではない、そしてドストエフスキーの作品の登場人物たちも明るくない。こういう小説が存在するのなら、暗い自分が存在してもいいじゃないか、そんな風に私には思えた。そして、そうした人間の暗い部分が芸術として昇華されるという事に、すごく感動した。だから、自分の持つ暗さも役に立つのではないかと思うようになった。そうした事でドストエフスキーから影響を受けたり、救われたりした。彼の描く人物に救いの言葉もあったりするので、そうしたものが自分に響いて助けられた。
記者:ドストエフスキーなしの人生を、お考えになることができますか?
中村氏:ドストエフスキーは、自分の中であまりにも大きな存在だ。彼がもしいなかったらといった感覚はない。そのくらい自分の中にしみこんでいる。『カラマーゾフの兄弟』という作品を読まなかったら、あの若さで作家になろうとは思わなかっただろう。私は25の時にデビューしたが、あの作品を読んでいなかったら、もっとデビューは遅かったかもしれない。
中村氏:事前にいろいろ調べている。ドストエフスキー博物館とか『罪と罰』に出てくる川とか広場とか、そこを訪れるのが今から楽しみだ。子供に帰ったように、今ワクワクしている。こういう気分になるのは自分でも珍しい。
記者:国際書籍見本市Non/fictionについて、感想をひと言お願いします。
中村氏:今回の見本市は、すごく大規模で人もたくさんで驚いた。いろいろな国のフェスティバルに行っているが、ここは大きくてお洒落だ。人がたくさん本を購入している姿を見ると嬉しくなる。ロシアには、小説を読む文化が根付いてのだなと実感した。
ドストエフスキーの作品は、日本で大変人気がある。光文社が出した新訳の『カラマーゾフの兄弟』は、ミリオンセラーとなった。中村文則氏の作品が一日も早く翻訳され、ロシアでもそれに劣らず人気を集めるよう期待している。