https://sputniknews.jp/20170410/3520798.html
数百万人のロシア国民の心をつないだスローガン「ペテルブルクよ、私たちはあなたと共にいる」
数百万人のロシア国民の心をつないだスローガン「ペテルブルクよ、私たちはあなたと共にいる」
Sputnik 日本
... 2017年4月10日, Sputnik 日本
2017-04-10T09:40+0900
2017-04-10T09:40+0900
2022-04-27T22:22+0900
https://cdn1.img.sputniknews.jp/img/352/07/3520711_0:301:3264:2146_1920x0_80_0_0_ab9028eb40936c4bbbbd851a44b6604a.jpg
サンクトペテルブルク
Sputnik 日本
feedback.jp@sputniknews.com
+74956456601
MIA „Rossiya Segodnya“
2017
アナスタシア フェドトワ
https://cdn1.img.sputniknews.jp/img/423/70/4237087_576:246:2087:1755_100x100_80_0_0_c8d695f42da65b917e02e87d2e91fdbd.jpg
アナスタシア フェドトワ
https://cdn1.img.sputniknews.jp/img/423/70/4237087_576:246:2087:1755_100x100_80_0_0_c8d695f42da65b917e02e87d2e91fdbd.jpg
ニュース
jp_JP
Sputnik 日本
feedback.jp@sputniknews.com
+74956456601
MIA „Rossiya Segodnya“
https://cdn1.img.sputniknews.jp/img/352/07/3520711_0:198:3264:2249_1920x0_80_0_0_a7b89552ae1d9bbe3178f95186eab56c.jpgSputnik 日本
feedback.jp@sputniknews.com
+74956456601
MIA „Rossiya Segodnya“
アナスタシア フェドトワ
https://cdn1.img.sputniknews.jp/img/423/70/4237087_576:246:2087:1755_100x100_80_0_0_c8d695f42da65b917e02e87d2e91fdbd.jpg
社会, ロシア, 国際, 災害・事故・事件, サンクトペテルブルク
社会, ロシア, 国際, 災害・事故・事件, サンクトペテルブルク
数百万人のロシア国民の心をつないだスローガン「ペテルブルクよ、私たちはあなたと共にいる」
2017年4月10日, 09:40 (更新: 2022年4月27日, 22:22) 悲しみは人の心をひとつにする。13人の何の罪もない人々の命を奪ったサンクトペテルブルクのテロを受け、ウラジオストクからカリーニングラードにいたるまで、ロシア全国の人々が民俗や宗教に関係なく、「ペテルブルクよ、私たちはあなたと共にいる」というスローガンのもと、犠牲者を悼む気持ちで団結した。4月6日、ロシアの多くの都市で追悼集会が行われた。スプートニクの記者は、ペテルブルク市民を応援するためにモスクワ中心部に集まった5万人に合流した。
「ペテルブルクよ、私たちはあなたと共にいる」。この言葉が、犠牲者への哀悼をネットに書き込み、サンクトペテルブルク地下鉄で発生した恐ろしいテロの被害者を支える言葉を書き綴った数百万のロシア国民の気持ちをひとつにした。まさにこの言葉こそが、モスクワで行われたテロの犠牲者を偲ぶ夕べのスローガンとなった。モスクワではこの悲劇を悼んで数万人の人々が集まった。彼らは英雄都市レニングラードの碑に赤いカーネーションとろうそくの火を供えた。この碑は、
包囲戦を耐え抜いたレニングラードの偉業を記念してモスクワ中心部に設置されたものだ。また、戦争とテロの犠牲者全員に捧げるため、永遠の火にも花が供えられた。
ペテルブルクには包囲戦を耐え抜いた人々が暮らしている。4月3日の出来事はこれを証明した。まず、爆発のあった列車の運転士の偉業だ。彼のプロフェッショナルで冷静な判断が多くの命を救った。爆発が起こった後、運転士のアレクサンドル・カヴェリンは列車を止めることなく、トンネルを抜けてプラットフォームに入るという判断をした。これにより、乗客はすぐに避難を開始することができ、車内に充満した煙を少しは分散させることができた。また、惨劇の後には、自動車を運転していた一人ひとりの運転手が支援の手を差し伸べた。それぞれが少なくとも一人以上の人を車に乗せ、目的地に辿り着く手助けをしたのだ。
しかし、誰もが全員、純粋な気持ちでレニングラードの碑に集まったわけではなかった。なかには追悼集会を自分の都合のいい形に変えてしまおうと試みる政治的リーダーや政党もいたのだ。群衆の中に掲げられた旗にはロシア国旗だけでなく、政治団体の旗もあった。しかし、集会の冒頭で行われた黙祷の際にこうした旗は下ろされ、それ以降、掲げられることはなかった。
惨劇から数日たった今日、多くの人々が、テロの標的となり得る集団イベントや地下鉄での移動に恐怖を感じている。それでもなお、数多くの人々がロシア全国で集会を開き、自分たちを怯えさせることはできない、一緒に力を合わせることでのみ全ての苦難を乗り越え、自分たちの心に恐怖を植えつけようとする人々に打ち克つことができるのだと示そうとした。