スプートニク日本
ロシアのガチロフ外務次官とウシャコフ大統領補佐官は一方、バグダディ容疑者死亡の確証はまだないと述べた。
これまでも、バグダディ容疑者死亡のニュースは1度ならず報道された。最初にバグダディ容疑者が「殺害」されたのは2005年10月、バグダディ容疑者がアブー・ドゥアと名乗り、イラク西部カイムでテロリストの一団を率いていたとき。2度目に「死亡」したのは2015年2月。アルジャジーラが殺害を報道した。しかし、これを境に、バグダディ容疑者死亡の報道が文字通り波のように押し寄せた。3月18日、シリア・イラク国境付近で3台の自動車からなる車列に空爆が行われ「死亡」し、4月22日にもまたもや死亡。アブアラ・アフリが「後継者」に選ばれたと報道された。同時に、3月18日の空爆でバグダディ容疑者は死んでおらず、重傷と障害を負ったという説も現れた。
2015年10月11日、バグダディ容疑者は幹部との会合に向かう際にイラク空軍による車列空爆で「死亡」した。
2016年6月12日にはバグダディ容疑者はラッカでの有志連合の空爆で負傷し、ある病院に搬送されたが、死亡したと報道された。2016年秋には毒殺されたとの情報も入った。
バグダディ容疑者(本名:イブラヒーム・アッワード・イブラヒーム・アリー・アル・バドリー・アル・サマッライ)が初めて姿を公にしたのは2014年7月。ダーイシュが制圧したモスルのモスクでの説教の様子が動画に映っている。なお、これに先立つ6月29日には「イスラム国」の建国を宣言している。7月の動画公開以降、いくどとなくバグダディ容疑者死亡のニュースが流れたが、確証をえたものは1つもない。