空間における人間の位置認識感覚を司るのは、内耳の前庭器官。この小さいながらも重要な組織は、無重力状態では機能を停止することを医学者らは突き止めた。「宇宙での錯覚」が発生する理由もこれで説明がつくようになった。
実験では、宇宙飛行士の98%が空間で位置認識を失う結果が得られた。同じような現象は地球上でも起こり得る。例えば、馴染みのある部屋で両目を閉じたままある目標物に近づこうとするときに同様の状態に陥るが、この感覚障害はさほど重度なものではない。一方、国際宇宙ステーション(ISS)では、照明を消したときに飛行士がこの感覚を完全に失い、どの方向にどれだけの時間をかければ目標物に辿りつけるのかわからなくなってしまったのだ。
ISSの宇宙飛行士には 何らかの錯覚的な軸の周りを回転しているような感覚や、この軸に沿って移動しているような感覚がたびたび生じた。時には、身体が前後左右のいずれかに傾いているようにも感じられ、或いは逆さまになって足が上を向き着地面の床がなくなり天井が頭上に落ちてくるような感覚にも襲われることがあった。
実験を進める中で、宇宙飛行士には地球帰還後もなお「宇宙錯覚」と似た錯覚が時々残ることがわかった。複数の飛行士が着地後数日の間は、地球がまるで宇宙空間内を急速に移動しているかのような感覚に「捕らえられた」と訴えた。
医学者らは、無重力での宇宙飛行士の身体反応を研究することは、人間が通常生活で発症する平衡感覚障害や眩暈の治療にも役立つと確信している。これらの治療には2通りの方法があり、1つは薬物療法であるが、2つ目の治療法として、宇宙飛行士の飛行前訓練に似た前庭器官訓練を繰り返すことも有効だという。
先の報道によると、日本人宇宙飛行士・油井亀美也氏の夫人は、夫の宇宙飛行について、有人飛行船『ソユーズ』に搭乗するのなら構わないと許可したそうだ。