国際政治・東アジア情勢に詳しい立命館大学の中逵啓示(なかつじ・けいじ)教授は、トランプ氏の日本および韓国での言動を振り返り、「個別交渉には長けているが、マクロ的に、世界の政治経済の構造をとらえる視点が欠けている」と指摘している。
中逵氏「8日の韓国国会における演説で印象に残ったのは、トランプ氏が『北朝鮮のミサイルがアメリカの都市に届く』ということを強く意識し、北朝鮮の存在を直感的に、誰にでもわかる脅威として捉えていたことです。しかし北朝鮮の核開発で一番問題なのは、北朝鮮が『核保有国をこれ以上増やさない』という国際的規範に反しており、放置すれば韓国・日本まで巻き込む核武装ドミノにつながりかねない、という点です。そうなると世界全体の構造が変わってしまいます。しかしトランプ氏は必ずしも、その点に言及してはいません」
またトランプ氏は同演説の中で、「監獄国家」「カルトに支配された国家」「ならず者政権」といった過激な表現を使い、拉致問題にも触れながら北朝鮮の体制を厳しく非難した。中逵氏はこれについて「トランプ氏は典型的なアメリカの保守政治家らしく、現実主義よりも自分の定義する『道徳観』を強調し、北朝鮮の非人道性に憤慨している」と話している。
北朝鮮問題の解決方法として軍事的手段を用いるのは、誰もが避けたいところだ。しかしトランプ氏は「紛争や対決を求めない」とする一方で、「待てば待つほど危険が増し、選択肢は限られてくる」と、軍事的介入を示唆する発言を行なっている。また8月から10月にかけての東南アジア諸国首脳らとの会談で、「日本は北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃すべきだった」「武士の国なのに理解できない」とトランプ氏が不満をこぼしていたことが明らかになった。
中逵氏「中国とロシア、特に中国は、北朝鮮への石油供給を全面的に止めるのは賢明ではない、と主張してきました。もし全面的に止めれば、北朝鮮軍は早晩動けなくなり、石油の備蓄がある間に戦争を始める可能性を生んでしまうからです。この状況は日本が真珠湾攻撃の前にアメリカに石油を止められ、戦争を始めてしまった時と似ています。それを回避するためには、『最大限の圧力』ではなくて、石油停止以外の圧力にとどめるべきでしょう」
常日頃、日本や中国を名指しして、「フェアな貿易を行なっていない」と主張しているトランプ氏。米商務省の2016年度統計によると、アメリカの対日貿易赤字は約7.7兆円で、中国に次いで2位。うち、自動車関連が7割強を占めている。そんな中、トランプ氏は日韓両国において、米国製武器の大量購入を強く呼びかけた。
My visit to Japan and friendship with PM Abe will yield many benefits, for our great Country. Massive military & energy orders happening+++!
— Donald J. Trump (@realDonaldTrump) 6 ноября 2017 г.
世界第二の経済大国・中国は、トランプ氏と違い、マクロ的観点を持ち合わせている。習近平政権が力を入れてきた現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」は、中国による新たなビジョンの提示だ。
中逵氏「一帯一路構想は、世界経済の構造を変えるような大きなイニシアティブです。もともと、アメリカを外して日本や中国を中心に共同体を作ろうという『東アジア共同体』という構想があり、それが頓挫し、TPP(環太平洋連携協定)創設の流れになり、今度は中国が外れました。しかしトランプ氏は大統領就任直後にTPP離脱を決めました。このことから、トランプ氏は世界全体の骨格となるような仕組み作りに興味がなく、一帯一路構想に対しても対抗的手段を考えていないと思われます。いっぽう、中国は実によく考えており、一帯一路のスローガンのもとユーラシア大陸の陸路を利用し、アメリカと衝突しない地域を選びながら勢力を伸ばしています」
もともとTPPは、二国間FTAでは満足できなかったアメリカ産業界が強く求めていたものだったが、トランプ大統領の誕生で宙に浮き、日本を初めとする11か国も巻き込まれ、通商戦略を練り直すはめになった。中逵氏は「トランプ政権になってからアメリカは単独主義になった」と話す。アメリカが目先の交渉にばかり注力し、大局的観点を放棄した代償は、時とともに明らかになるだろう。