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若干29歳の中川監督は、映画界の常識をくつがえすハイペースで映画を制作し、新作がモスクワ国際映画祭に立て続けに選出されるという快挙を成し遂げた。他の映画祭のオファーもあった中、それを蹴ってまでモスクワに来たのは、「ロシアでもう一度見てもらいたい」という特別な思い入れがあったからだ。
中川監督「前作『四月の永い夢』を、モスクワのお客さんが想像以上にあたたかく受け入れてくれたので、次に作品を作ったら必ずモスクワで見てもらおう、と心に決めていました。もちろん、いくら自分がそう思っていても、(映画祭側に)選んでもらわないといけないわけですから、自分で決めていたことを達成できて、とても良かったと思っています。」
中川監督「前作では人が亡くなる、今回は場所がなくなるというテーマで、何かが失われていく、ということをどう受け止めるか?という意味では、根底にあるものは実はあまり変わらないのかな、と思っています。場所があるからこそ、人をつなげることができます。場所の死というのはある意味、人の関係の死でもあります。その意味では、タッチは優しいけれど、前作以上に残酷な話だと言えます。」
主人公・宮川澪を演じた松本穂香さんには、中川監督自らオファーを出した。
中川監督「松本さんがすばらしいのは、静かにしていても強く見えるところ。日本人はどうしても引っ込み思案で、自分を表現するのが苦手です。だから、静かさが弱さに見えてしまう人が多く、口数が少ないのに強さを見せられる人は少ないです。この話のヒロインは本当にしゃべらないし、うじうじしています。その中で強さを見せるとなると、本当の芯の強さを持っている人に出てもらわないといけません。」
松本さんにとって、出演作が海外の映画祭で上映されるのは初めてだ。
松本さん「こんな遠く離れた国で、お客さんと一緒に自分の出ている映画を観るのが初めてだったので、とても新鮮でした。直に自分の近くで笑いがおこったりするのを感じて、とても嬉しかったです。色々な感想もいただけて、この映画に出会えて本当に良かったです。」
観客との交流タイムでは、「監督にとって映画とは何か」「宮崎駿氏の影響は受けているのか」「演技で監督の要求にこたえるのは大変だったか」などたくさんの質問が出され、二人は一つ一つ丁寧に答えていた。
ロシアの著名な映画評論家で、トムスク国立教育大学で芸術学と映画史を教えているアーダ・ベルナトニーテさんは、前作を見て中川監督のファンになった。ベルナトニーテさん「彼はとても若く、自分の道を探している途中だと思います。ふたつの作品は全く違うものでした。前作では個人的なストーリー、恋人が自殺してしまったというヒロインの閉じられた内面が描かれましたが、今回はまるで客席から主人公を観察しているようで、ドキュメンタリー映画のようです。道を歩いたり、食事したり、人と話したり、床をきれいにしたりという、日常の全てのことが面白いのです。次回作では『夢』と『光』を合わせて『虹』を作ってくれるのではないでしょうか。他の何とも似ていない、自己流の作品を撮ってくれることを期待します。」
モスクワ国際映画祭招待作品の選考にあたったエフゲニア・チルダトワさんも、中川監督の作品に魅せられた一人だ。「『わたしは光をにぎっている』を見つけたとき、もう日本から別の作品をコンペ部門に招待してしまっていたので、タイミングの関係で間に合いませんでした。新作が予定されていると聞いたので、ぜひ急がないでゆっくり撮ってもらって、来年の選考タイミングにあわせて完成させてもらえたら。モスクワ国際映画祭の常連になってほしいです」と話している。
「わたしは光をにぎっている」は今年中に日本で全国公開予定。中川監督は「次にモスクワに戻ってくることができるなら、全く違う趣向の映画を持ってきたい。これまでは二作品とも静かな話だったので、次は動的な動きのある話を持ってこれれば」と意欲を見せている。