スプートニク日本
関係者の間では、ピアノ部門に出場した25人のうち、上位3人は甲乙つけがたいと話題になっていた。1位になったのはフランスのアレクサンドル・カントロフさん。一次と二次では日本のメーカー、カワイのピアノで審査に臨んだ。また、ロシアのドミトリー・シーシキンさんが、藤田さんと同率で2位となった。ファイナルでカントロフさんが選んだチャイコフスキーの協奏曲は、第二番。他の参加者が人気のある第一番を選ぶ中、マイナーな二番を選び、勝負に出た。カントロフさんの演奏を会場で聴いた大野さんは「とても長い曲でしたが、壮大で、全く飽きさせませんでした。彼は、コンチェルトの良さで勝ったのではないでしょうか」と話す。
コンクールでは、会場が文字通り一つになる、魔法のような瞬間が訪れる。
コンクールで垣間見えるロシアのお国柄
このコンクールへ行くと、色々な意味でロシアらしさが味わえる。まず、チケットの発売日が未公表なので、買いたければ毎日公式サイトをのぞくしかない。大野さんは前回の経験を生かし、会場となるモスクワ音楽院の窓口で聞いてみたり、サイトをまめにチェックするなどして、ピアノ部門を中心に8枚のチケットを手に入れることができた。
理由は不明だが、最初の数日間、会場にはプログラムがなかった。ようやく入荷し発売開始されると、部数が足りずに売り切れとなった。
大野さん「今年は、プログラムができていなくても、初日から演奏順を印刷した紙がもらえたので、ましなほうでした。前回、念のために自宅でホームページをプリントアウトしたものを持って行ったら、周りの人が『見せて』『私にも見せて』と、紙がどんどん遠くの席へ行ってしまったので、取り返しに行きました(笑)。でも、そうやって他のお客さんとコミュニケーションできたのは良い思い出です。」
今年は、よりによってファイナルで運営側のミスによるショックな出来事があった。中国のピアニスト安天旭さんの審査の際、オーケストラが本来あるべき曲順と逆の順番で演奏を始めてしまったのだ。安さんは当惑したが、すぐに気持ちを切り替え、最後まで演奏した。運営側はミスを認めて謝罪し、審査団は公式にやり直しを提案したが、安さんはその申し入れを断った。安さんは結果的に4位となったが、その勇敢な姿勢に対し、特別賞が贈呈された。
素晴らしい音楽は皆のもの
ちなみにプログラムは300ルーブルなので、チケットよりプログラムの方が高いという不思議な現象が起きている。学生は学生証を見せると無料で入れる。会場には年金生活者の姿も多く見られ、芸術は限られた人のためにあるのではなく、皆のものであることを実感できる。
藤田真央さん、大歓声を浴びる
聴衆は主に、音楽に対して自分なりの評価基準がある人々で、デニス・マツーエフ審査委員長がいち参加者だった時代から通い続けている人もいる。彼らは、演奏が自分の理想と違うと容赦なく批判する。そんな人々が、一次から思わずスタンディング・オべーションしたのが、藤田さんだ。特にロシア人の心をわしづかみにしたのは、一次で演奏したモーツァルトのピアノ・ソナタ第10番だった。ネットには藤田さんのモーツァルトを称賛する書き込みがあふれている。
大野さん「今回3位入賞したアレクセイ・メリニコフさんの演奏は、柔らかくて、エレガントで綺麗だと思ったのですが、前の席の人たちは文句を言っていました。ロシア人には、自分の好みを脇に置いても、この曲はこうあってほしい、というイメージがあるようです。二次の会場では、隣に座った人が、藤田さんのモーツァルトは素晴らしかった、と話しかけてきれてくれて、それで意気投合しました。藤田さんは、柔らかさと力強さと両方持っているのが素晴らしいです。彼の柔らかい音が心を打つ、と言っている人もいて、会場の拍手も、ものすごかったです。」
藤田さんは結果発表後、「幸せな2週間でした。夢だったモスクワ音楽院ホールで3回も演奏できたこと、偉大な作曲家や演奏家の写真が飾ってある音楽院の部屋で一日中音楽と向き合えたこと、すべてが貴重な経験でした。初めてのロシア。こんなにもたくさんの拍手は思ってもいませんでした。ロシアの新聞に写真が載ったり、応援してもらっていることを感じられたことも、嬉しかったです。またロシアに戻ってきて、もっと成長したMAOを聴いてもらいたいです。」とツイッターに投稿した。
10月には、チャイコフスキー・コンクールの優勝者によるガラ・コンサートが日本で行なわれる。コンクールでの藤田真央さんの演奏はこちらからどうぞ。
関連ニュース