「桜は咲くべきだけど、戦争はあってはならない」 祖国への帰国を夢見た捕虜となった元日本兵の物語

© 写真 : Artyom Kurtov田中さん
田中さん - Sputnik 日本
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20世紀最大の世界的な軍事紛争である第2次世界大戦には62ヵ国が関わり、そのうち40ヵ国で直接、軍事行動が行われた。さまざまなデータによれば、この戦争で7000万人から最大8500万人が犠牲となった。しかし、生き残った人たちも平和を手にした代わりに大きな代償を支払わなければならなかった。負傷や障害、孤児、夫や子どもを失った母親など、戦争によって数百万人の運命が狂わされた。日本だけでも行方不明者は8万5000人にのぼった。数年、数十年が経過しても行方が明らかとなったのはほんのわずかでしかなかった。終戦75周年を前に、「スプートニク」は捕虜となった元日本兵の田中明男さんの歴史を回想することとした。田中さんはロシアで72年過ごし、「残った片目で桜が咲くのを見てみたい」と夢見ていた。

2017年に田中明男さん(ロシアではピョートルと呼ばれた)についてロシアのメディアが報じた。その際、田中さんはレニングラード州ポギ村で農村年金者として普通の暮らしを送っていた。当時、田中さんは89歳。すでに72年、日本には帰っていなかった。

田中さんは1927年8月16日に北海道の遠別町に生まれた。1943年に学校を終えるやいなや志願兵として軍隊に入隊。関東軍の一員として満州に従軍し、1944年に負傷で片目を失った。1945年に捕虜となり、8年間、ハバロフスク地方で森林伐採を行った。解放後、田中さんは、迫害より恥を恐れ、祖国には帰らなかった。田中さんは自分が捕虜となったことで家族に迷惑をかけると考えていた。

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田中さん

1970年代に田中さんは勇気を奮い起こし、当時のレニングラードの日本総領事館を通じて自分の家族に手紙を送った。しかし、返事が来ることはなく、田中さんは家族は自分を見放したのだと考えることにした。しかし、その後、田中さんの姉妹兄弟が彼の書簡を受け取れていなかったことが判明した。

一方、戦後の長い時間の中で田中さんは、祖国で「残った片目で桜が咲くのを見てみたい」という大きな希望を抱き続けていた。

祖国への帰国

ロシアと日本のメディアが報じたことから、日本で田中さんの事が知られるようになった。

田中さんの夢を実現する上で重要な役割を果たしたのは成蹊大学の富田武名誉教授だった。同名誉教授は軍事捕虜問題が専門だった。その年の6月24日、富田名誉教授は田中さんを日本へ帰国させるための資金を日本中から集めるため基金を立ち上げた。祖国を見たいという田中さんの願いを援助するため数百人が協力した。そして、とうとう田中さんの夢は実現した。2017年9月、国民的な英雄として彼を迎えるため、空港にテレビ局8社と数十の新聞社から記者たちが集まった。田中さんは日本語でのコメントを求められ、彼は記憶の中から忘れてしまった言葉を一生懸命思い出そうとした。

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到着後、田中さんは、「東京までの9時間の飛行の間、私は目を閉じることはなく、祖国が私をどう受け入れるのか考えながら、ずっと過ごしました」とロシアのメディアに語った。「懐かしい通りはどうなっているか、昔学んだ学校によってみたいなど想像していました。両親の家には面影はなにも残っておらず、ただの竹やぶになっていました。でも、学校は残っていました」。

北海道で田中さんは亡くなった兄弟の奥さんを訪ね、子どもの頃の友人に会い、いとこたちと親交を深めた。また、田中さんは、両親や兄弟姉妹の墓参りを行った。それに同行した人たちによれば、田中さんは墓前に座り、長い間黙っていたという。

この訪問の後、田中さんはまるで子どものように喜んでいた。「私はまるで生まれ変わったようだ。今、私には日本にたくさんの友人と知り合いがいる! 毎日、私には祖国から小筒や手紙が届きます。人生でこんなにもたくさんの贈り物をいただいたことはありません」。温かい歓迎に感銘を受けた田中さんは、もう一度日本を訪れたいと思っていた。「なにしろ美しい桜が咲いているところを見れていないですから。桜は春に咲きますからね」。


昨年の春、田中さんは再び日本を訪れたいと願っていた。しかし、田中さんと連絡を取ることはもうできなかった。2019年2月23日、田中明男さんは自宅で亡くなった。

最後のインタビューで田中さんは次のように語っている。「私は90歳になった。やりたいことは特にない。けどね、今の若い人たちには戦争が2度と起こらないよう願っている。桜は咲くべきだけど、戦争はあってはならないよ」。

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