ホラー映画は精神に害を及ぼすという意見は昔から存在する。そのため、現在、日本やロシアを含め、多くの国で、ホラー映画には年齢制限が設けられている。たとえば、2019年に興行収入で上位入りした映画『IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』(473,093,228米ドル、「キノポイスク」調べ)は18歳以上のみが映画館で見ることができる。暴力シーンや残虐シーンが数多く登場するホラー映画は青少年のかよわい精神に悪影響を与えると考えられている。ミシガン大学の調査では、子ども時代に映画やテレビ番組の視聴中にパニックを経験した大学生の26%が、今も「残存不安」を感じていることが明らかになった。
「ホラー映画を見ているとき、私たちは悪意、怒り、恐怖、戦慄、希望など、さまざまな感情に合法的な手段で「手にする」ことができます。ホラーを見ることは、現実生活に足りない感情を容易に手にする手段なのです。そういう意味で、人々はホラー映画を見ているときの体がチクチクするような感覚、鼓動が早くなる感覚が好きなのです。しかし、ホラー映画を見過ぎると、時間とともに順応が起こり、見ていても怖くなくなります。そのため、多くの人が新しいホラー映画を待ち望み、あるいは逆に古い映画に回顧するのです。いずれにせよ、ホラー映画を見るという無害な方法でこれらの感情を手に入れられるのであれば、健康には良いことです。また、ホラー映画を見たいという感情を、その人の精神状態を評価するときの指標に使用することはできませんし、使用すべきではありません。」
世界の名作ホラー映画は薬?
イギリスのコベントリー大学の研究では、ホラー映画を見ることで、病気や感染症と闘う物質の血中濃度が大幅に増加することが示された。研究チームによると、ホラー映画は脳内で「闘争・逃走反応」を誘発し、短期的に免疫向上のスイッチを入れることができるのだという。しかし、このシステムが活性化するには、映画は本当に怖いものでなければならない。
ホラー映画を見ることは不安感、絶望感、悲しみを和らげ、鑑賞者は満足感を感じることができる。アメリカの社会学者マーギー・カー氏は、ホラー映画が好きな人たちを対象に調査を行い、視聴前後の気分を比較した。カー氏は、恐ろしい経験をした後には不安や動揺が和らぐと言い、「この現象は、恐怖を感じているときに放出される各種の神経伝達物質やホルモンで説明することができる」と言う。
恐ろしいことやストレスに耐えることを自発的に決めた場合、それがホラー映画の鑑賞であれ、バンジージャンプであれ、終了後には、おそらく達成感を感じることだろう。
時代ごとのホラー
同じホラーでも、時代によって主流のジャンルは異なる。1920~1930年代のホラー映画は主に古典的なプロットをベースにしたものだった。『ドラキュラ』『フランケンシュタイン』『ミイラ再生』など、後に多くのリメイクも制作された。
第二次世界大戦の到来により、ホラー映画はその重要性を失った。たとえ制作されても、それは恐怖の視覚化というよりも、人々脅すことを主眼にしたものだった。戦後、ホラー映画は完全に変容し、サイコホラーなどの新たなテーマが登場した。エイリアン、モンスター、ミュータント(『遊星よりの物体X』)、悪魔(『ローズマリーの赤ちゃん』、『オーメン』)、突然変異の生物(『ゴジラ』 )などだ。70年代から80年代はティーンエイジャーと若者がホラー映画の主な聴衆だったため、映画の主人公も同世代の人たちだった(『エルム街の悪夢』、『13日の金曜日』)。
90年代になると、ホラーはやや衰退し(『スクリーム』を除く)、2000年代には『リング』『JUON/呪怨』『パラノーマル・アクティビティ』など、多くの名作が誕生した。
インターネットやSNSの発達で、サイバーテロやネット嫌がらせを扱ったサイコホラー映画が人気を集めている。『アメリカン・ホラー・ストーリー』『スクリーム』(リメイク)など、数多くのホラー・ドラマが制作された。
映画人は世界で起こっている事象に敏感に反応する。戦争、自然災害、極めて危険な動物、狂人など、普通の人間が当たり前のように恐怖を覚えるあらゆるものが不滅の傑作を生み出す材料になる。たとえば、2019年にリリースされた実際の出来事をベースにしたドラマ『チェルノブイリ』は、実際の原発事故から数十年経っているにも関わらず、世界中で人気を博した。
新型コロナウイルスのパンデミックが起こると、世界が謎の感染症に襲われ、一気に感染が世界中に広がっていくというプロットのSFスリラー『ラスト・デイズ』(2013年)が人気となった。