キヤノンメディカルシステムズは、前身である東芝メディカル(2018年に商号変更)時代からロシアに進出しており、96年にはサービス保守を行う現地法人をモスクワに開設。2011年から2012年にかけ、モスクワ市を中心に大きくシェアを伸ばした。この時代に導入されたCTは、新型コロナウイルス患者の診断に大いに活用された。モスクワ市では24日現在で約21万7千人が感染し、うち14万人が完治している。
画像診断は、医療水準の高まりとともに、欧米や日本で先に需要が伸びてきた。瀧口氏は、このタイミングでのロシア事業強化の理由について「ロシアを含むBRICS諸国は、ここ10年の間に画像診断装置の整備が進んでいる発展市場です。ロシアは特に、旧型の医療機器のリプレースのタイミングでもあります」と話している。
循環器系の病気が多いロシア
2019年10月のロシア保健省の発表によると、ロシア国民全体の平均寿命は73,6歳だ。ロシアは、2024年までに平均寿命を78歳まで伸ばすことを国家目標としている。特に男性の平均寿命は短く、半数以上が65歳までに亡くなってしまう。死因で最も多いのは、虚血性心疾患や脳血管疾患など、循環器系の疾患だ。
これらの疾患を早期発見して治療につなげるためには、最新の医療機器を使いこなし、高度な診断技術をもつ人材を育成する必要がある。その目的で2015年に設立されたのが、日露循環器病画像診断トレーニングセンターだ。
センターは、経済産業省による医療国際展開加速化促進事業の一環で、モスクワ第一医科大学とモスクワ循環器センター内に設置された。この際に提供されたのが、キヤノンメディカルの診断機器である。これらを活用し、現役医師や放射線技師がトレーニングを受けている。瀧口氏は「R-Pharmのほか、こういった現場のパートナーからもロシアで必要とされているものを知り、医療ニーズに応えていく使命感を感じている」と話している。
地域に根付く企業として、現地製造も視野
今回の合弁会社設立をステップとし、現地製造実現に向けて積極的な協議が行われている。ロシア政府は医療機器を含む複数の分野で国産品優遇政策を取っているが、瀧口氏は「それだけが大きな動機ではない。医療機器メーカーにとってそれよりも大事なのは、その土地に根付くこと」と強調する。
瀧口氏「医療というのはその地域ごとに特有のニーズがあります。ですから我々のようなメーカーは、社会の内部に存在する立場でなければならないと考えています。R-Pharmの協力を得て、ロシアにおける様々なファクターを正しく学び、ロシアでニーズがあるものをしっかりと提供していくつもりです。」
ロシア側パートナーであるR-Pharmは、医薬品から医療機器まで包括的に手がけており、目下、新型コロナウイルスのワクチン開発に取り組んでいる。同社の創業者で知日家のレピク氏は言う。
レピク氏「日本の医療制度は世界の中でも最良の一つであり、そこからの経験を取り入れることは、医療制度全体の発展を目指すロシアの課題に合致しています。今回の合弁会社設立は、ロシアに最先端のテクノロジーをもたらすことになり、ロシアにとってもR-Pharmにとっても益のあることです。キヤノンメディカルのソリューションは非常に多岐にわたっているので、ロシアが求めるものを確実に提供できるでしょう。」
レピク氏「我々は、日本側が戦略を決定するにあたって、助けとなる情報を提供できると思います。海外進出する企業はどこもそうですが、その国の経済情勢を把握する必要があり、特に今は、新型コロナウイルスの影響を注視していかなければなりません。医療刷新がロシアの重要課題であることに変わりはないものの、自己隔離政策など、コロナ対策でロシアが取り入れた様々な要素が、どのような影響となって現れるのか、この点で最大限の情報提供をしていきたいと思います。」
画像診断装置の現地製造は、ロシアの国公立病院における採用のチャンスを増やすばかりでなく、ロシアからの輸出の可能性を広げることになる。
レピク氏「ロシア国産であることの強みは、医療機関への導入の際に、追加的な魅力ポイントになります。コスト面で言うと、日本の労働力は対価も高く、日本から機器を輸入するには、ロジスティクスの問題もあります。ロシアで現地製造できれば、CIS諸国への輸出にあたって、より競争力のある価格で提供できます。全てのアスペクトで具体的な検討がなされており、私の見立てでは今年12月末にも、現地製造をいつ、どのように進めていくか、具体的な指針を発表できるでしょう。」
奇しくもコロナ騒動で、信頼できる医療機器の重要性は誰の目にも明らかになった。日本だけでなく諸外国が経済協力停滞を余儀なくされるタイミングで、あえてロシア事業強化に踏み込むことは、日本の医療技術や医療機器のロシアにおけるプレゼンスを更に高めることになるだろう。