頭上のモノレールには、ほとんど音もなく地下鉄が通り過ぎる。後ろにはオスタンキノテレビ塔。ロシアと欧州でもっとも高いテレビ塔で、東京スカイツリーにわずか100メートルほど足りないだけの高さである。
ミュージアムの入り口では、チェブラーシカとワニのゲーナ、シャポクリャクばあさん、ヴィニー・プーとピタチョク、「ヌ・パガジー(いまに見ていろ)!」のウサギとオオカミなど、ソユーズムルトフィルムの黄金のコレクションの登場人物がわたしたちを出迎えてくれる。
スタジオの建物には、ミュージアムと子どもの遊び場が設置されているが、今もここにあるスタジオではアニメの制作が行われており、3Dで描かれたパペットアニメが作られている。ガイドによれば、どのような形式のものであれ、1つの作品の制作には3人から50人までのスタッフが関わっているという。たとえば、フェスティヴァルに出品された、幻想文学のE.T.A.ホフマンの陰鬱なおとぎ話を下敷きにした大人のためのパペットアニメ「ホフマニアーダ(ホフマン物語)」は、数人のスタッフが15年かけて作り上げたという。こうしたアニメーションの制作プロセスは非常に細かく、時間がかかる。パペットを動かし、写真撮影をし、また次の動きを作り、そのすべてをつなげて1つの作品にするのである。使われる一つ一つのパペットや装飾が手作りで、しかも手元にある資材で作られることも多いという。たとえば、いくつかの登場人物の頭は、歯冠を作るのに使われるポリウレタンで、また背景には小さな釘でパペットを固定することができる航空用の発泡プラスチックが使われている。
「アニメーション制作は内省的な人向け」
1960年代から使われているというアニメーターのデスクを指差し、ガイドはアニメーションというのは、とても忍耐強く、内省的な人に向いていると話す。なぜなら、登場人物をとても細かいディーテールまで描くのには、長い時間、1人で打ち込まなければならないからである。デスクの上には、ちょっと変わったものがある。視線の高さに置かれた鏡である。それは、アニメーターが登場人物の気持ちになって、その表情を自分で作り、それを描くのに使われるのだという。
次に絵が展示されている。わたしたちにとってすでに馴染みのあるアニメの登場人物たちの最初の姿である。ピタチョクがもともとはもっと太っちょで、首がなかったことを知っている人はほとんどいない。チェブラーシカについていえば、最初にスタジオの芸術会議で試写が行われたときには、失敗作の烙印を押された。会議の後、作品はもっとも低いランクにあたる第3カテゴリーに含められ、大々的な上映のチャンスも与えられず、また撮影クルーへの賞金も出なかった。しかし、作品は放映されることとなった。そしてその後、「ソユーズムルトフィルム」スタジオと児童向けテレビ番組の編集局に、子どもからの手紙が届くようになった。子どもたちは皆、友達のいないチェブラーシカと友達になりたがった。視聴者からの反響があまりに大きかったため、作者らはチェブラーシカの作品を続けて撮影することとなった。
こちらにかかっているのは、日本語で書かれた小さなポスター。日本でチェブラーシカが上映されたときに作られたもので、中村誠監督の言葉が刻まれている。「このかわいい登場人物を目にしたとき、喜びと力強さに満ち溢れたアメリカアニメの登場人物との違いに驚かされました。現代アニメには、激しく、攻撃的なヒーローが多いのですが、チェブラーシカはとても穏やかで心温まる内容です」。
展示の最後に、メッセージを残せるボードがある。ここには、かつてここに訪れた人々―主に子どもたちの願いごとが書かれた星型のカードがたくさん貼られている。犬が欲しい、妹が欲しい、お友達のところにお泊りしたい・・・など。筆者も願いごとを書いてみることにした。ガイドは言った。黄色い星のカードに書かれた願いごとは必ず叶いますよと。