【人物】世界で初めてマヤ文字解読に成功したロシア人学者クノロゾフ 「人間の知恵で作られたものが他の人間に解決できないはずがない」

© 写真 : Personal archive of O. Fedorovaユーリー・クノロゾフ
ユーリー・クノロゾフ - Sputnik 日本, 1920, 19.11.2022
今年2022年の11月19日は、著名なロシア人の言語学、民族学の学者、ユーリー・クノロゾフの生誕100周年にあたっている。クノロゾフは世界中の言語学者らが半世紀も頭をひねっても解けなかった謎、古代マヤ文明の文字をロシアの国外に一歩も出ることなく、見事に解読することに成功した。メキシコはクノロゾフの功績を讃え、ユカタン州メリダ市に学者の銅像を建立した。様々存在するクノロゾフの像の中でも、学者が大好きだった猫を抱きかかえたこの銅像は一番よく知られている。
仏の東洋学者ジャン・フランソワ・シャンポリオンがエジプトのロゼッタ・ストーンの象形文字を解読して以来、科学者たちは、恐ろしい表情をした奇妙な生き物のように見えるマヤ文字を解明しようとしてきた。シャンポリオンは、同じ碑文を3つの言語で比較することで解読に成功した。マヤ文字の場合は比較するものがないため、科学者らの作業はより困難で、解読に失敗したドイツの科学者シェルハスなどは、晩年、『マヤ文字の解読は解決できない問題』と題した論文を書いたほどだった。
この論文に目を止めた、モスクワ大学史学科のユーリー・クノロゾフ青年は、素通りすることができなかった。歴史学者の卵はこの時のことを日記に書き留めている。

「解決できない問題であるもんか。人間の知恵だけで作られたものが他の人間に解決できないはずがない。こうして考えれば、解決できない問題など科学の分野には一切存在しないんだ!」

解読

クノロゾフは スペインの植民地開拓時代、フランシスコ会の聖職者でユカタンの司教となったディエゴ・デ・ランダが1566年にマヤの生活についてスペイン語の古語で書いた本をロシア語に翻訳した。そのランダの本の土台は、ヨーロッパの教育を身に着け、スペイン語の29文字のマヤ文字で書き留めていたマヤ人の仕事があった。このようにしてクノロゾフはマヤ文字を解読する鍵を手にしていたのだった。
CC BY-SA 4.0 / Yodigo / Yuri Knorosov monument in Mérida, Yucatán (cropped photo)

メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像

メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像 - Sputnik 日本
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メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像

CC BY-SA 4.0 / Yodigo / Yuri Knorosov parte posterior de su monumento en Mérida, Yucatán (cropped photo)

メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像

メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像 - Sputnik 日本
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メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像

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メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像

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メキシコのユカタン州メリダに建てられたクノロゾフの銅像

人間の音声を記録する手段にはアルファベット、音節、象形文字のような表意文字がある。クノロゾフは、図書館の古文書から、マヤ文字で書かれた長い写本を3つ見つけた。文字を数えたクノロゾフは、その中に独立した記号が355個しかないことから、これが音節文字に特徴的なものであることを見抜いた。こうしてデ・ランダの本から見つけたアルファベットを鍵にして、何文字かのマヤ文字の解読に成功したのだ。
時間がたつにつれ、解読される文字の数は増えていった。だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。半分消えかかった文字や歪んだ文字も含めて、すべてのバリエーションを認識するためにはマヤ文字を書いた人間の字体や筆跡も物にしなければならなかった。

「私は机上の学者だ」

マヤ文字の解読は何年にも及んだ結果、1950年代初頭に完成した。中米で何年もフィールドワークをやってきた科学者が出来なかったことを、メキシコに行ったこともなく、書斎から出なかったソ連の研究者はやってのけた。クノロゾフ自身は皮肉もこめて、「私は机上の学者だ。テキストを相手にするのにピラミッドの周りを跳びはねる必要はない」と語っている。
マヤ文明の宮殿 - Sputnik 日本, 1920, 30.12.2019
考古学者らがマヤ文明の宮殿を発見 メキシコ
1956年、クノロゾフは初めてソ連の国外に出て、コペンハーゲンでの国際アメリカ学者学会で、マヤ文字の解読について報告を行った。その報告はセンセーションを巻き起こした。クノロゾフは世界最古の文明に数えられるマヤの謎の解明に成功した世界で唯一の科学者となった。
1980年代に入ると、クノロゾフはアメリカ大陸への入植の研究に取り組んだ。彼の仮説では、アメリカ大陸への移住が始まったのは紀元前4万年前で、当時の科学者が考えていたより2万年早かった。当時は、現在のクリル海嶺(千島列島)のあたりは太平洋の海底が露出しており、まさにそのクリル海嶺を伝ってインディオの祖先が海を渡り、アジアからアメリカ大陸に到達したとクノロゾフは考えていた。

永遠に記憶される名前

マヤの文字と文化の秘密を解き明かしたクノロゾフも最終的にはメキシコの土地を踏んだ。1989年、グアテマラ大統領からの招待状を受け取り、渡航したクノロゾフはそこで、マヤ文明の主要な遺跡を訪れ、ティカルのピラミッドに登った。
ボノボ - Sputnik 日本, 1920, 29.05.2022
IT・科学
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1995年、クノロゾフにはメキシコを世界に知らしめるために貢献した外国人に贈られるアギラアステカ・メキシコ勲章の銀章が授与された。叙勲されたクノロゾフはスペイン語のスピーチを行い、「私は心の中では常にメキシコ人でありつづけます」と語っている。叙勲の後、クノロゾフはメキシコ国立史学人類学研究所からの招待を受けて、数回、この国に渡った。そしてそのたびに一般のメキシコ人が自分に向ける厚い尊敬に触れて、何度も驚いていたという。
2010年、ロシア国立人文大学はマヤ文明の栄えたメキシコ、ユカタン州の州都に支部を開設した。この時からクノロゾフ学術院の枠内では常に国際研究が行われており、グアテマラのサンカルロス大学ではユーリー・クノロゾフ学部が開設されている。
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